花瓶とゆのみ

花瓶が割れて花が床に叩きつけられて水がはねた。
どうしてしまったのか、よく分からない。
日常の平和なんて、かんたんにこわれるんだ。
「ボクに触るな!汚れた手で触るんじゃない!」
わたしを怒鳴りつける、その人の燃える瞳が恐ろしくて、
大人しく手を引っ込める。
触れてもいなければ汚れてもいない。
わたしは、ただお茶を入れただけだ。
そのお茶だってあなたが欲しがったから淹れたというのに。
わたしは黙ってきゅうすとゆのみを片付けはじめた。
すると彼は、とつぜんわたしにしがみつき、しきりに謝った。
「優子、ごめん、ごめんよ優子、ボクは酷い男だ、だが見捨てないでくれ!
頼む、ボクには優子、君しかいないんだ!」
わたしはそっと彼を抱きしめて背中を叩いてやってうなづいてみせた。
わたしにだってあなたしかいない。
この世のすべての人間から迫害を受けていたから、
たった一人の例外がどんな狂人でもわたしはそれにすがりつくしかない。
彼もまた然りなのだろうと思いながらも、理解しながらも、わたしは彼に依存する。
わたしは彼の流動しながらうねる水のような狂気に
頭のてっぺんまで浸かって、髪をくゆらせている。
わたしは彼に伝える。本心と虚偽の隙間。
「見捨てたりしないわ。だってわたしたち、愛し合って結婚したのだから。」
人という字は支えあってできている。
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