真夜中の誓約



また今年もこの日がやってきた。
忘れようにも忘れられない、いえ、寧ろ忘れてはいけない日なのかもしれない。


私が初めてヒトを殺した日


この日だけは夜がとても……怖い。
サッと眠ってしまえばいいのだが、去年のように最悪の悪夢を見てしまいそうで、それも簡単にできない。
……去年は今までで一番酷い夢だった。
私ったら、どうしちゃったのかしら?普段は平常心を保っていられるくせに。
こんなに自分が弱い人間だったとは、軍に入ったばかりの頃は思っていなかった。

ホークアイは眠れず、寝返りを繰り返す。
すると、カーテンに光がサッとあたった。
まるで流れ星のように。
何?
訝し気にそちらのほうへ目をやると、また光が流れた。
時計に目をやると、零時をまわっている。
流れ星にしては光が大きすぎるし、ここは一階ではないので、車のライトが当たるはずもない。
ホークアイは静かにベッドから抜けだし、枕もとに隠していた銃を手に窓に近寄る。
カーテンの隙間から外の様子をうかがうと、誰かが立っている。
そうしている間にも、また光があたった。
どうやら、懐中電灯か何かで照らしているらしい。
こんな時間に一体何なの? 新手のストーカー?
怪しげな行動をする謎の人物を凝視すると、そこには見知った顔が。
ホークアイは急いでカーテンを開き、窓をあけた。

「大佐!!こんな時間に何をやってるんですか!?」

すると、ロイは口に人差し指をあて、静かにするよう彼女を促した。
確かにこんな時間に大声を出すと、近所迷惑である。
それに気付いたホークアイが口を手で覆うと、ロイはニコリと微笑み、マンションの中へ入って行った。


しばらくして、控えめにドアをノックする音が聞こえた。
ホークアイはとりあえずショールをはおり、のぞき窓でロイを確認してゆっくりとドアを開けた。

「や、中尉」
「と、とりあえず中へどうぞ」

マンションの廊下は結構声が響く。
ホークアイは素早くロイを中へ招き入れた。
ドアが閉まった途端、ホークアイの目がつりあがる。

「一体、こんな時間にどうなさったのですか!?それにさっきの光は何ですか!?新手の変質者かと…」
「変質者とは酷いな。何、君のいれたコーヒーが飲みたくなってね。」
「……はい?」
「君も明日は午後からの勤務だろう?今夜は付き合いたまえ」




どうして、私は今コーヒーをいれているのだろう?
軽くため息がでる。
ブラックハヤテ号も、真夜中の来客に付き合いきれないという感じで、眠ったままだ。

「大佐、どうぞ」
「すまないな。やはり、自分でいれるよりも君にいれてもらったほうが美味しい」
「…………本当にコーヒーを飲みに来ただけなんですか?」
「それだけの理由ではダメなのかね?」
「ダメとかそういう問題ではなくて、こんな夜中に来ること事態が非常識ですよ。
それに、あの光はなんなんですか?いい加減言わないと撃ちますよ?」
「君が言うと、冗談に聞こえないな。わかった、説明するよ。
……もし、寝ているところにベルを鳴らすと君を起こしてしまって悪いだろう?だから、光をあててみたんだ。寝ていたら気づかないし、寝ていなかったら敏感な君は絶対気づくと思ってね」
「はぁー、悪いと思うのなら、最初からこんな時間に来ないと思いますけど?それに、本当に私が寝てしまっていたら、どうするおつもりだったんですか?」
「…………そうだな、まわりくどいことは無しにしよう。実は私は君が起きている…いや、眠れずにいると確信していた。
………………………今日は例の日だろう?」
「えっ!?」
動揺を隠し切れず、上ずった声になってしまった。
彼は急に真面目な顔になり、真っ直ぐ私を見つめてくる。
私は彼のこの瞳に弱い。

1年前、例の悪夢に耐えられず、出勤した直後気持ち悪くなって医務室行きになった。
彼が凄い剣幕で医務室までやって来たのを覚えている。
そして、その時もこの瞳で見つめられ、初めて他人に「この日」のことや、悪夢を見てしまうことを打ち明けた。

「去年は酷い悪夢を見たんだろう?眠らなければ夢も見ない。今夜は夜通し、私とゆっくり語り明かそうじゃないか。こうして、コーヒーも飲んで準備万端だしな」

そう言って、彼は優しく微笑んだ。

「大佐……」

その時、今まで眠っていたはずのブラックハヤテ号が、大佐に飛びかかった。

「おわっ!?あー、コーヒーをこぼしてしまったではないか」

ロイはハンカチを取り出し、ワイシャツの胸元にこぼれたコーヒーをふき取る。
いつもなら、すぐ愛犬を叱るホークアイの声が聞こえてくるはずなのに、今は珍しく黙ったまま。
ブラックハヤテ号も、いつもと違うご主人様の様子に首を傾げている。

「ん?中尉?」
「……あっ……っ…………いやああぁぁぁ!!!!」

ホークアイは突然、テーブルに突っ伏してしまった。

「ちゅ、中尉!?」

ダメだ……。
震えが止まらない。貴方が目の前にいるのに……。

ガタッ
少しして、彼が私の横へと席を移動する音がした。でも、今は怖くて貴方を見ることができない。
ポン
私の頭に彼の手のひらが置かれた。
ポン  ポン  ポン
リズムよく頭に置かれる手。
大きな貴方の手。
さっきまでの震えが嘘のように消えていく。
凄く安心する。落ち着く。心が温かくなる。
いつも子供扱いしているのは私のほうなのに…そう思うと少し笑えた。

「……フフッ…」
「何を笑っているんだい?」
「いえ、いつもと正反対だなと思って」

やっと、顔を上げて貴方を見ることができた。
すると、貴方は微笑んでいた。



「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」

彼がハーブティーをいれてくれた。とてもよい香りがする。

「だいぶ落ち着いてきたようだな」
「すみません、先ほどは取り乱したりして……」
「いや、気にするな。査定前の私のほうがもっと酷い」

そう言って彼は微笑む。
何も聞かないで、黙って傍にいてくれる貴方は本当に優しい人。
だから、時々弱音を吐いて甘えたくなる。

「………………あの…大佐がコーヒーをこぼしたのを見て、去年の悪夢を思い出してしまったんです」
「……そうか、嫌なものを連想させてしまったんだな。すまない」
「いえ!……私が弱いだけです。大佐の胸元のコーヒーのしみが……私には血に見えました。
たぶん「この日」ではなかったら、なんでもなかったと思うのですけど…。
実は、去年見た悪夢というのは……大佐が殺される夢だったんです」
「……ほう」
「いつもと同じように、私が狂ったように多くの人を殺す夢だったんですが……去年は…ふと足元を見ると、胸を撃たれた大佐が倒れていて…あっ…きっと、わ、私が…私が殺してしまったんです!!」
「中尉」

また震えだした私の手を、彼はぎゅっと握ってくれた。私より大きくて温かい手で。

「もう何も言うな。私はここにいる」


黙って手を握られたまま、どれだけ時間が流れたのだろう?
気まずいとか、落ち着かないということはなく、この沈黙した雰囲気でさえ居心地が良い。
しばらくして、彼はゆっくりと手を離した。
まだ触れていたいと思ったが、この手が彼の温もりをしっかりと覚えていた。

「大佐」
「ん?」
「……大佐は私のような経験をしたことはおありですか?どうしようもなく震えが止まらなくなったりとか……」
「そうだな…私も以前は、人殺しの罪悪感に苛まれたりして苦しんだ覚えがある」
「『以前は』ということは今はないのですか?」
「いや、ないわけではない。でも、今は気持ちを静める方法を知っているからな」
「あのっ!…よろしければ、私にもその方法を教えていただけないでしょうか?」
「え?」
「駄目ですか?」
「いや………………笑顔…そう、君の笑顔を思い出すんだ。そうすると余計な力が抜けるというか……とにかく楽になる」
「わ、私の笑顔ですか!?」

彼の意外な答えに、思わず聞き返してしまった。
私はあまり笑わないほうだし、軍に入ってからは特に感情を表に出さないようにしてきた。
今では、自分がどのように笑っているのかさえもわからない。

「私の笑顔なんて……かなり不気味なのではないですか?」
「不気味って…中尉は知らないのか?君の笑顔に魅せられる男がどれだけいるのかを」
「え?」
「私にとっては、まったくもって面白くないことなのだが…軍内部にも中尉を慕う輩が結構いるんだぞ」
「……………」
「とまぁ、話が逸れたがこれが私の対処法だ。だがこれは……実はヒューズに教えてもらったんだ」
「……ヒューズ准将に、ですか?」
「あぁ、そうだ。かなり昔の話だが、こういう時はどうしたらいい?と相談したことがあってな。すると、『そんなもん、愛する人のことを考えるんだよ!』と即答された。正直まいったよ、あいつには彼女――グレイシアがいたが、その頃私にそんな人はいなかったからな。
……だが、君に出会ってヒューズの言っていたことが理解できた。
大切な人がいるというのは良いことだな……リザ」
「っ!」

名前で呼ばれると、ドキっとしてしまう。
一体、どう反応していいのかわからない。
貴方は私に何を期待しているの?
何を言わせたいの?
そんな話をされて、貴方の気持ちに気づかないほど、鈍感な私ではないのよ?
貴方の気持ちにこたえたい。
けれど…………
私も貴方のように、素直に気持ちを伝えられる勇気が欲しい。

「……っと、私の意見を君に押し付けてはいけないな。参考になったかどうかはわからんが、君には君の対処法があるはずだ」
「いえっ!わ、私も……」

上手く伝えられないかもしれないけれど、私の想いも貴方に知っていて欲しい。

「……私も大切な人がいることは良いことだと思います。だから……また、耐えられないほどの恐怖に襲われた時は……大佐の…貴方の手を思い出してみます」
「手?」
「あっ、言葉が足りませんでしたね。…貴方の手の温もりです。
先程、貴方は頭をなでて、手を握って下さいました。毎年何をしても駄目だったのに、それだけで震えが止まったんです。
…でも…もし、思い出しても駄目な時は…私の傍にきて、また手を握って下さいますか?」

私がこんなことを言うのは珍しいとでも思ったのか、彼は一瞬目を見開いたがすぐに優しく微笑みかけてくれた。

「あぁ、その時はすぐにでも君のもとへ駆けつけよう。私は君に悲しい顔をして欲しくない。だから、君が笑顔でいられるよう私が守り続けるよ」
「……ありがとうございます。ならば、私は…貴方の手がいつまでも温かくあるように……貴方をお守りします」
一方的に守られるのはごめんだ。貴方のお荷物になるなんて嫌。 私だって貴方を守りたい。

今夜交わした約束はいつまでも忘れない。
大切な貴方を守ると決めたのはもう昔のことだけれど、来年から「この日」はそのことを再び決意した、私の新たな始まりの記念日となる。


おわり



弱い中尉も良いよね!ってことから生まれた捏造話。
これまたツッコミどころ満載(中尉パジャマのまま?とか)ですが、その辺はスルーして下さい…(沈)
いつもいつも子供っぽい大佐ばかりだったので、今回は大人な大佐で。
自分的に、やたらとこっ恥ずかしい話になったのは気のせいか……
ですが、この「大人大佐」身内には結構好評でした(!)
それでは、最後まで読んで下さり、ありがとうございましたv (2004.3.30)

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