風をきって



ロイ・マスタング大佐とその部下の中央異動が、数日後にひかえていたある日の休憩時間。
ロイは食堂で昼ご飯をすませ、執務室へ戻る道をぶらぶらと歩いていた。
廊下の向こうに金髪の女性が見える。紛れも無く自分の部下だ。
  「ホークアイちゅ…」
よく見れば彼女は公衆電話で誰かと話をしているようで、ロイは声をかけるのを途中で止めた。
時折、肩を小刻みに揺らして笑っている彼女はとても楽しそうだ。
一体、誰と電話をしているんだろう?と気になりつつ、彼女の後ろを通り過ぎようとしたその時、電話の内容がロイの耳に入った。
  「……少尉ったら、そんな食事だなんて…気をつかわないで」
少尉?食事?まさか、デートの誘いか!?
そういや、ハボックの奴、今日は非番だったな…まさか抜け駆けか!!
今日はハボックとファルマンが中央に引っ越す準備のために、休みを取っていたのである。
  「…だから、本当にいいんだってば……え?中央異動祝い?そんなの祝うほどのことじゃないわよ」
なんだ?やたらしつこく誘っているようだな!許せん!!
  「…引越の手伝いをしてくれるだけでも助かるっていうのに…って、え!?ちょっ、大佐っ!?」
とうとう、堪忍袋の緒が切れたロイはホークアイが持つ受話器を強引に取り上げた。
  『リザ?』
電話の主はホークアイをファーストネームで呼んでいる。
ますます、気に入らない!ロイは大きく息を吸いこみ、受話器に向かって盛大に叫んだ。
  「ハボック!!今日は引越の準備をしているのではなかったのかね!?
   中尉をデートに誘う暇があったら、今からでも出勤しろ!!」
  『………………あの、私はハボックという名前ではありませんが…』
  「……は?」
声質は低いほうだが、よく聞けば女性の声だった。
ハボック少尉だとばかり思っていたロイは、何がなんだかよくわからないといった表情でホークアイを見ると、彼女は額に手をあて、ため息をついていた。
  「大佐っ!電話の相手はハボック少尉ではなく、マリア・ロス少尉です!!」
  「え……えぇ!?」
  「大佐、今日は休んでいるハボック少尉とファルマン准尉の分も仕事していただきましょうか(にっこり)」
  「や、待て!すまなかった…って君!こんな所で銃を私に向けるな!
   部下にこんなことをされている私を見られたら、他の奴らにも無能上司呼ばわりされるではないか!」
  「あら、お似合いですよ」
  「早まるなっ!!落ち着け、中尉!」
その時だった。
電話の向こうで笑い声がした。
  『…お、可笑しい…フフッ、まるで夫婦漫才ね』
気がつくとロイの手にはまだ受話器があり、どうやらこちらの会話が筒抜けだったようだ。
ホークアイは急いでロイから受話器を取り上げ、マリアに話しかけた。
  「あのね、今のは…」
  「いいわよ、気にしてないから!あっ、どうせならマスタング大佐も一緒にどうかしら?
   こっちはブロッシュ軍曹も来る予定だし」
  「えっ、いつの間にそんなことになってたの?」
  『この前も引越の話してたじゃない?それ聞かれてたみたいで、男手があったほうがいいだろうから行くって
   …きっと、貴女に会いたいんじゃないかしら』
  「え、そうなの…?」
軍曹が来るのはマリアに良いとこを見せたいからなんじゃ?と、思ったホークアイだったが、とりあえず黙っておいた。
  『とにかく、引越は今度の金曜なんでしょ?私も軍曹もしっかり休みは取ってあるんだから!
   でも、マスタング大佐に引越の手伝いをしてもらうのは失礼だから、夕食の時に来てもらうっていうのはどう?』
  「休みまで取ったの!?………もう、マリアには勝てないわ。全部貴女に任せる」
  『最初からそう言ってよ』
そして、二人は笑いあって少しした後、電話を切った。
ロイはただ呆然と立ち尽くしていた。



そして、ホークアイの引越し当日。中央の新住居にて。
結局、ロイも手伝うと言い出して、4人がかりでやったため案外早くに終わりそうだった。
それにもともと、ホークアイはあまり物をため込まない性格なので、荷物が少なくスムーズに済んだのだった。
  「ねぇ、やっぱり私が夕食をご馳走するわ。お礼もかねて」
  「そんな、リザのお祝いなんだから、やってもらったら意味ないじゃない!」
  「だから、お祝いって…」
  「ホークアイ中尉、ここはロス少尉の好意に甘えてみてはどうですか?」
  「ブロッシュ軍曹まで!」
これをロイはただ見ていることしかできないでいた。この2人は自分が知らない彼女のことを知っているのだろうか?そう思うと、少し疎外感を感じる。
そんなロイを察してか、マリアが声をかけてきた。
  「マスタング大佐からも何か言ってください」
  「えっ?あー、そうだな……君たちのことだから、きっといつまでたっても譲り合ってるだろう。
   ならばこうしたらどうだ?皆で夕食を作る!」
  「「「えぇ!?」」」
  「これから、皆で買い物に行って、皆で作れば誰も文句は言えまい」
  「た、確かにそうですが……」
マリアは困り果ててしまった。
しかし、ロイは直属の上司でもないのだが、「大佐」の言い出したことに反対するのも失礼かと思い、渋々その提案を受け入れることにした。
  「では皆で作るとなると、夕飯時までもうあまり時間がないので、
   料理は私と軍曹、大佐とリザの二手にわかれて、買い物もそれぞれがしてくるということにしましょう」
  「あっ、はい!(ロス少尉と買い物♪)」
  「わかったわ。確か、近くに商店街があったわよね?」
  「えぇ、あそこなら自転車ですぐよ。私が乗ってきた自転車を貸すから、2人乗りでもして。
   私は軍曹の自転車に乗せてもらうから!」
  「えっ、2人乗り!?」
  「そうよ!っていうか、早くしないと夕飯が遅くなっちゃうわ!明日から出勤でしょ?
   じゃあ、私達先に行くわね。軍曹、自転車お願い」
  「はい!」
そう言って、さっさと二人は行ってしまった。
ロイとホークアイはというと、残ったもう1台の自転車を見つめて突っ立っていた。
  「………とりあえず、商店街まで行くか」
  「そ、そうですね」
今まで車や列車、馬車などに2人で乗ったことはあるが、自転車は初めて。しかも、自転車の2人乗りなんて、密着度が高い。
  「大佐、私が自転車をこぎますので…」
  「私がこぐっ!!」
  「…………」
そう言って、ロイはさっさと自転車にまたがった。一度言い出したら、ロイはきかない。先ほどの自分とマリアのやり取りではないが、軍には頑固な人が結構いるのかも…とホークアイは思った。
それも良く言えば、自分の意志を貫き通す人が多いということになるのだが。
  「後ろ、失礼します」
観念してホークアイは横向きに座り、落ちないように荷台を握った。すると、ロイがゆっくりと自転車をこぎだす。
  「あの…重くないですか?」
  「いや。そんなことは気にしなくていい」
背中ごしに聞こえるロイの声。いつも見ている彼の背中だが、こんなに近くで見るのは初めてだ。
自分の座っている位置が彼よりも少し低いということもあるが、見上げなければならないほどの広い背中。
ロイが必死に自転車をこいでいるので気づかれないのをいいことに、ホークアイはその背中を見つめていた。
すると、突然砂利道に入り、自転車が大きく揺れた。
  「きゃっ!」
急に荷台が軽くなったのでロイが後ろを振り返ると、ホークアイが自転車から降りていた。
  「中尉!大丈夫か!?」
  「あ、はい。すみません」
ホークアイはそう言って、荷台に座りなおした。ロイは慎重に自転車をこぐが、道の状態のせいでかなり揺れる。
  「……中尉」
  「はい?」
  「私につかまっていなさい」
  「?」
  「こうも揺れると、また中尉が落ちてしまいそうで…心配なんだ」
  「…あ、はい………あの、どこを掴めばいいですか?」
  「どこでもいいよ」
  「…………わかりました。では、失礼します」
そう言うと、ホークアイはそっとロイの腰に手をまわした。
一瞬、ロイは身体を強張らせた。
肩にでも掴まるのだろうと思っていたので、まさか腰に手をまわされるとはこれっぽっちも思っていなかったのである。
まさに、不意打ち。
一方、ホークアイ自身も何故そこに掴まったのかよくわからなかったのだが、ロイに掴まっているとどんなに揺れる自転車も安心して乗っていられる気がした。
そして、いつの間にかロイの広い背中に誘われて、ホークアイはそれに身体をあずけた。
かすかに彼の鼓動が聞こえる。
この背中を私が守らなければ…そう思いながらホークアイは目を瞑った。


背中が温かい。
彼女がもたれかかっているのだ。
だが、自転車に乗っているからとはいえ、後ろから抱きつかれていることには変わりない。
緊張して脈はどんどん速くなるばかり。それと比例するかのように自転車をこぐスピードも上がる。
早く商店街に到着してくれ、と思う一方、このままどこまでも道が続けばいいのに、と思いながらロイは自転車をこいだ。
しかし、だんだん商店街が近づくにつれ、人通りも多くなってくる。
ロイは道行く人の視線が気になっていた。
ちらりと見られてはニヤニヤされ、さらには「ヒューヒュー♪」と口笛まで鳴らされる始末。明らかに恋人同士と間違われている。
今更ながらに2人乗りをしていることが恥ずかしくなってきた。
だが、心配なのはホークアイのことだった。

――(私は大歓迎なのだが、)私と恋人同士に間違われて、居心地の悪い思いをしていないだろうか?――

そう思って、とりあえず声をかけてみた。
  「中尉、もうすぐ商店街に着くが、何を買おうか?」
  「…………」
返事がない。どうしたんだ?そんなに恋人同士と思われていることが嫌なのだろうか?
がんばって首をひねって後ろのホークアイを見ようとしても、限界がある。見えるのは彼女の頭だけ。
  「……中尉?どうしたんだ?中尉!?」
  「っ!!……あ、大佐何でしょう?」
  「そのー、気分でも悪くなったのかね?」
  「いえ、違います!……えっと、あまりにも大佐の背中が温かかったので、ついうとうとしてしまって…。
   せっかく、大佐が自転車をこいで下さっているのに、眠ってしまってすみません」
それを聞いてロイはホッとした。
眠っていたのなら、先ほどの通りすがりの人の反応を見ずに済んだのだろう。
しかし……せっかくの彼女の寝顔が見れなくて残念だった。
  「それならいいんだ。引越しの準備やらで疲れていたんだろう。
   君はハボック達とは違って休暇をとらずに仕事をしながら準備していたからな……っと、着いたぞ。
   さて、何を買いに行こうか?」



  「よし!買い物も終わったし、そろそろ帰りましょうか。
   今度は私がこいだほうがいいかしら?」
  「いえっ!ロス少尉は座ってて下さい!」
ただでさえ、相手は自分よりも地位が高い。さらに年上。それで自転車まで乗せてもらうとなると、男としてなんだかしめしがつかない。
  「フフフ、今頃あの二人どうしてるかしら」
  「何がですか?」
  「もう、軍曹ったら鈍感ねー。リザとマスタング大佐よ。いい感じだと思うんだけど」
  「えっ!?そうなんですか!?」
  「いつもリザとの会話に何かとあがるのよ、マスタング大佐の名前が!
   何だかんだ言って、リザも可愛いところあるじゃない」
  「へぇー…!なら、もしかして二組にわかれたのもロス少尉が狙って?」
  「もちろん!」
  「そうなんですか…」
自分はロス少尉と二人っきりになれて嬉しかったのに……他人のことには敏感なくせに、自分に好意を寄せている人物については鈍感だなぁと軍曹は思っていた。
しかし……。
  「でも、私もリザも似てるわねー。二人とも子供っぽい人を好きになるなんて…」
  「えっ!?ロス少尉好きな人いたんですか!?誰ですかっ!教えてください!!」
  「秘密よ、秘密♪」
  「えー、教えてくださいよー!」
  「駄目!」

―― 今、自転車をこいでる貴方です、なんて言えるもんですか! ――




買い物を済ませたロイとホークアイは行きよりものろのろと自転車をこいで帰路についていた。
あまり速く自転車をこぐと、荷物が前かごから落ちそうになるのだ。
さらに、夕方になり風が出てきたため、二人の自転車の速度をさらに遅くする。
  「少し遅くなってしまったかな」
  「かもしれません。ですが、後もう少しで私のアパートですから。
   料理を手早く作れば大丈夫でしょう。任せて下さい」
  「任せっきりにするのも悪いので、私も何か作るぞ」
  「いえ、大丈夫です。東方司令部の皆で食べた時のような
   美味しくもなく、まずくもない中途半端な料理を作られては困りますから…」
  「……君、酷いなぁ」
  「フフフ」
二人は笑い出した。
笑いながらもホークアイは、こんな穏やかな時間も今日を最後にしばらくはないだろうと思った。
明日からは中央勤務。きっと忙しくなる。
そして……ロイは中央でヒューズ殺害事件の真相を追究するのだろう。それは彼にとって、とても危険なことのように思えた。
しっかり見守っていないと、彼がいつ無茶をするかわからない。
そう考え込んでいると、建物の合間から真っ赤な夕陽が見え、ロイが感嘆の声をあげた。
  「ほぉ、見事な夕陽だな」
  「えぇ、本当に」

―― けれど、あの夕陽はあまりに貴方を真っ赤に染めるものだから、不安になって仕方ありません ――

  「……大佐、私の目の届くところにいて下さいね」
  「ん?」
  「いえ、何でもないです」
  「そうか?
   ………………ならば中尉は、私の傍を離れるな」
  「え?」
  「なぁに、独り言だよ」

二人を夕陽が赤く照らし続けた。これから中央でどんなことが起こるのかは誰にも予想できない。
きっと、生易しいことではないことは確かだ。
それでも、この向かい風の中を進む自転車のように、ただ前に進むしか選択肢は残されていないのだ。





余談だが。
その夜、皆で作った夕食の中には中途半端な味の料理が一品交じっていたと言う。


おわり



中尉とロス少尉がお友達だったらいいよねーっという妄想捏造話でした(笑)
私はロス少尉も大好きなので、書けて楽しかったですvv(自己満)
しかし、鋼の世界に公衆電話とか自転車ってあるのか…(汗)
自転車はアニメでは出てきましたけど。
それでは、最後まで読んで下さり感謝していますv (2004.6.6)


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