プレリュード6
Prelude6
08/2/17
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美郷が帰って来て、石沢はそれ以上その話を続けることをしなかった。
靖彦はそのあと気もそぞろで、二人と何を喋ったかすら覚えていない。
打ちのめされたように二人より先に店を出たのだけ記憶にある。
そのあと二人もすぐに店を出たようなのだが、あまり記憶に残っていない。ただ、前にどこかで見たことのあるような、黒い背広を来た男が店の前にいて、それが妙に記憶にこびりついている。
店の前に黒塗りのベンツがあり、それと黒い背広の男とが、美郷についているような気がしたが、それがデジャ・ヴのように、どこかで見た記憶と錯綜しているのかもしれないと考えた。
君は美郷に惚れてるんだろ、と言った石沢の言葉が忘れられない。
靖彦が美郷を追っていたのはそのせいだったのだろうか。
純粋に、その演技のファンだと思っていた。けれど、そう思い込もうとしていただけだったのかもしれない。
奥にある本当の気持ちを隠して、隠れ蓑を被って自分を誤魔化していた。
心の奥に潜む気持ちと、そして欲望を。
それを石沢に見透かされていた。
そう思うと、顔から火が出るようで、体は爆発しそうに熱くなり、恥ずかしさに身が焼けつくようだった。
なぜ恥ずかしいのか。自分の欲望が炙り出されたからか。
これまで、男性に性的な興味を持った覚えはないのだ。
ガールフレンドもいたし、過去に数人の女性と付き会ったこともある。自分が持っているのは普通の男の欲望だと信じて疑わなかった。
それがなぜ、美郷にこのような興味を持ち、追いかけ回し、そしてそれを恥と思い、身悶えしているのか。自分に倒錯の性質があったのか。
美郷への興味は性的なものだったのか。美的なものではなかったのか。
なぜ。
靖彦は自分でも分からない。
彼に出来ることは、その夜じゅう、悪夢のようにただ煩悶することだけだった。
美郷は次のレッスンのため東京へ来る時、連絡をくれた。
その返事をかえすべきか、止めるべきかを靖彦は迷った。
急にこちらから連絡をやめたら美郷が不審がり、そして傷つくのではないか。
そう思うことが誤魔化しではないかと考えると、また激しい自己嫌悪に陥った。
それでも靖彦は美郷に会った。
煩悶以上に美郷に会いたいという気持ちが優って、理性を封じ込めた。
「K市の公演が成功したし、いよいよ東京進出だね」
「そうなれば良いですけど。でもまだ…」
「もう一軒寄らないか」
飲めない美郷をやや強引に誘うが、美郷は素直について来る。
少し歩いて、先に立って美郷を促す。
「美郷君の踊りは本当に素晴らしいから、東京でも成功間違いなしだ」
「サクルムのメンバーが素晴らしいから、僕も良く見えるのだと思います」
「君は奥ゆかしい…遠慮深いんだな。そういう所も、好きなんだ」
「ありがとうございます」
靖彦は飲み屋街から外れ、街灯の少ない区域に進む。
「ここら辺はラブホテル街だ」
美郷はきょろきょろとあたりを見回している。
「ここに入らないか」
美郷が驚く。
「美郷」
そう言って、靖彦はいきなり美郷を抱き締めた。
ぐいと引き寄せると、あまりにも軽くて簡単に引き寄せることが出来た。
「自分でもこの気持ちがよく分からない。でも君を…。…どうしてそんな風に思うのか、自分でも分からない。でも君が欲しい」
靖彦は美郷の唇を奪う。
美郷は突然の出来事に抵抗することを知らず、されるままだった。
それを良いことに、靖彦は明りの少ない街路で激しく美郷を貪った。
「ちょっと待ってください…」
ようやく放されて美郷が弱々しく言った。
美郷は男に唇を許すことに慣れているような気がした。
美郷は驚きはしたが、たじろいではいなかった。
そしてまるで靖彦を落ち着かせるかのようにされるままになり、奪われたあとも心配そうに靖彦を見つめたからだ。
そのことに、靖彦は無性に腹が立った。
「本気だとは思えません…、池内さん」
「本気と思えないって?」
靖彦は殆ど乱暴なくらいに美郷の腕を掴むと、脅すように後ろの壁に押し付けた。
その目に狂暴なものを宿らせていた。
そのことにも、靖彦は自分で気づいていなかった。
美郷が大人しくついて来たことをむしろ不思議に思ったが、そんなことはもうどうでも良いような気がした。
靖彦は、美郷を蹂躙することしかもう考えていなかった。
ホテルの部屋に入るなり、何の準備もなくいきなり美郷を大きなベッドに押し倒した。
靖彦の振舞いは殆ど怒っているように見えた。腹を立てるべきなのは美郷の方なのに。
美郷は何の抵抗もせず、靖彦にされるままだった。
それが何故なのかを考えることもせず、靖彦は美郷に襲いかかった。
美郷の服を乱暴に剥ぎ取り、愛撫を加えてゆく。
美郷が震えながら、愛撫を受け入れている。
平凡なシャツにブルーのジーンズ。ジーンズを脱がすと、美郷は面積の狭い、まるで女性の穿くようなTバックの前を隠すだけのタンガを身に付けていた。
靖彦の手が止まる。
美郷を見つめる。
美郷も靖彦をじっと見ていた。無言だった。
靖彦は頭に血が沸騰するのを覚えた。
靖彦は荒々しく美郷のタンガを毟り取った。
美郷を全裸にする。
薄い下生え。そして男の徴し。
靖彦は美郷の裸の体に伸し掛かった。
自分の欲情を偽ることが出来ないと悟った時から、靖彦は美郷への態度を隠すことをもう止めた。
美郷の足を広げさせた。
その時、その左の太ももの付け根に痣のようなものがあるのを見た。
靖彦は再び美郷の顔を見つめた。
そして、太ももの付け根をもう一度見た。
痣だと思ったものは花の形をしていた。二色の色で彫られた、小さな入れ墨だった。
その形に、目が釘づけになった。目が離せなくなった。
可憐な藤色の小さな花、しかし邪悪で淫靡な…。
怒りが込み上げて来た。
美郷に憎しみが湧き上がって来る。
美郷は男を知っているのか。
知っているのだろう。
靖彦は自分のズボンのベルトを外し、ズボンを下ろした。そして黙ったまま美郷の身体に乗りかかった。
無抵抗な美郷に覆い被さる。
靖彦の乱暴に身を預ける美郷は悲しげなようすにさえ見える。
この魔物は何なのだろう。
諦めたように靖彦にただ身を任せるだけの弱々しい生き物のようでいて、すべてを知り尽くした老練で狡猾な商売女のようでもあり…美郷のすべてを知り尽くし、貪り尽さなくてはもう気が済まない。
この魔物を自分のものにして、魔の正体を白日の元に曝すのだ。
その時―、
部屋のドアが開き、黒い背広の男がずかずかと大股で侵入して来た。
咄嗟に何が起こったのかすぐには理解出来なかった。
男は一直線にベッドに近づいて来て「美郷に手を出すな」と怒鳴り、靖彦の体を美郷から強引に引き剥がし、ベッドの外へ突き飛ばした。
何もかもが一瞬のことで、何をされているのか分からなかった。
「何をするっ」
男に掴みかかろうとしたが、逆に脇腹を蹴られて動けなくなった。
「畜生、何で…」
腹を押さえ、立ち上がろうとする。
男はさらに靖彦を蹴り上げようとした。
「止めてくれ」
美郷が叫ぶ。
「出て行け。二度と美郷に手を出すな。もし手を出したらこれくらいでは済まん」
男に見覚えがある。
床に這いつくばりながらそう思った。
時折り美郷の近くで見かけた気のする男だった。
美郷が裸の身体を男から隠そうと、シーツを纏う。
靖彦は鈍い痛さに動くことが出来ず、床を這いずった。
その身の上にばさばさと衣服が投げつけられ、再び床にぶざまに倒された。
屈辱と怒りで顔が紅潮し震えるのが分かった。
その怒りは美郷に向かった。
だがもう美郷を直視することは出来なかった。