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プレリュード5
Prelude5

 

 

公演の日までに何度かK市へ行った。

私鉄K駅のすぐ近くにK文芸ホールがあり、そこにポスターが貼り出されている。

彼らのウェブサイトにもポスターと同じ図がトップに掲げられていた。

美郷の、少し上を向いた横顔のアップと、その下に4人のシルエットがレイアウトされている。

美郷のアップは肩から上で、裸である。背中を見せて、振り向いている所をうしろから写したものだ。

バレエの公演ポスターなのに顔のアップが目立つという、破格なデザインだった。

私鉄の駅でもそのポスターが貼り出されるようになり、靖彦はいつまででもそれを眺め続けていた。

 

オープニングはポリスの「見つめていたい」。バレエ団らしく「舞踏への招待」など有名曲も踊る。

カルテットの「G線上のアリア」、石沢のソロの「涙の流れるままに」、デュエットで「亡き王女のためのパヴァーヌ」、「ラ・ヴァルス」、「ミサ曲ロ短調」…、

ライブハウスでの一時間ほどのステージと違い、その倍くらいの時間を要するので、普段上演しない曲も踊る。

「ボレロ」は踊らないのかと聞くと、ラヴェルのボレロはもう有名すぎて手垢がついているから、同じボレロでも「奈落のボレロ」を踊る、と石沢が言っていた。

『エマーソン・レイク・アンド・パーマーの曲で、同じボレロのリズムをずっと刻みながら、メロディはELPのオリジナルなんだ。良い曲でね。ボレロは踊りやすいから、他の曲を探していた』

そしてクロージングは全員でカール・オルフの「カヴァレリア・ルスティカーナ」。

ホールではステージと客席が遠いので、客席の近い「プラーター」で間近で見ていたのとは違い、彼らの踊りはどこかよそ行きで、しかし洗練されたものになっていた。

靖彦を戸惑わせた部分はなくなっていて、彼はひとりでそっと胸を撫で下ろした。

靖彦が見たと思った不吉なあの部分、それはすべて気のせいだったのかもしれないが。

 

客席は満員で、大成功といえた。

公演後、打ち上げパーティーが行われただろう。

靖彦は彼らに会いたいと思ったが、関係者でもないのにと思い直し、何も言わず楽屋に花だけを贈り、ホールから帰った。

一人で「トリエステ」へ行き、そこで長いこと飲んだ。

打ち上げパーティーはもっと大きな場所で大々的に行われているだろう。

自分でも可笑しなことに、まるで自分のことのように喜んでいる。

やはり嬉しかったのだ。

自分がこれと思い、情熱を傾けていたものが他の人々にも受け入れられた。それによって自分の思いが正しかったのだと思った。

「トリエステ」にまったく予想していなかった、美郷と石沢がやって来た。

驚くと同時に怪しんだ。

公演直後の美郷に会えて嬉しい思いが少しあったが、すぐに再び、靖彦の中に不吉な灰色の雲が湧き上がって来る。

思ったとおり、打ち上げが行われていたが抜けて来たと言う。

靖彦は、美郷と石沢の二人、ということにいやなものを感じた。

美郷一人だったらとても喜んだのに。

この二人は、どういう関係なのか。

 

 

「いやあ、打ち上げが延々と続いて、疲れちゃって。美郷も疲れた顔をしていたから抜けて来たよ」

「ここだと落ち着けるから」

「今日は来てくれてありがとう」

「ありがとうございました」

美郷も靖彦に礼を言う。

出来るだけ冷静を努めて会話をする。

だがいったんその思いが心に浮かぶと、それが入道雲のように忽ちむくむくと大きく育って、動かしがたい事実のように思えて、靖彦の心をしくしくと責める。

目の前の二人を批難するような視線を向ける。そして今度は邪推した自分を嫌悪し、羞じる。

なぜそのことでこんなに気を揉むのかと、自分でも苛立つ。

「あのボレロ、良かったですね」

「うん、ボレロだと踊りやすいし、客席も盛り上がるね」

「予想以上にお客さんが入っていたし」

「満員だったねえ。池内さんも応援してくれたし、そのおかげだ」

石沢は上機嫌で話す。

表面では心の葛藤を隠して、隣りに座った石沢と何食わぬ会話を続ける。

石沢を見る。

石沢の反応は普段と変わりなく、横にいる大人しい美郷も変わらない。

公演の成功で興奮したのは当然だろう。「トリエステ」に来た今はそれが一段落し、落ち着きも取り戻したのだろう。冷静な口ぶりだ。

ここへ来たのは喧騒から逃れたかったのだろうか。

「事務所に来ればあのポスター、まだありますよ。もし欲しかったら」

「本当ですか」

靖彦は申し出を喜んだが、それがまた羞じる気持ちも増幅させた。

 

美郷が途中、席を立った。

その後ろ姿から視線を無理矢理はがして、隣りの石沢に向き直った。

「仲が良いんですね」

と、何気なく言った。

ほんの何気なくのつもりだった。

パブでの肩の凝らない雑談の端に口をついて出たようなものだった。自分ではそのつもりだった。

だがそこに、無意識の、いや凝り固まった自分の思いがつい、込められてしまったのかもしれない。

石沢がうっすらと笑う。

その反応を見て、靖彦は心が凍る思いに固まった。

石沢の笑いに、含むものがあった。

「俺たちの仲を疑ってるんだろ。美郷と俺の」

石沢は靖彦をじっと見つめながらそう言った。

「あれは完全に舞台上だけ。俺たち何にも関係ないから」

こともなげにそう言う。

「振り付け師もゲイだから、振り付けにそういう風味があるの。その隠し味があるから受けるんだ。…って振り付け師が言うんだけど。女がそういう方が好きなのは確かだな」

石沢は屈託なく続ける。

「まあ俺も男が好きなんだけど」

「…」

何と返して良いのか分からない。石沢を見ることが出来なくなった。

「サクルムのほかの連中もそうだ。みんな結構男が好きだよ。まあ当然といえば当然だけど」

 

「でも美郷はホモに受けるタイプじゃないの。ホモはもっと男っぽくて、男くさいのが好みだから。美郷は女に受ける。女はああいう中性的というか、ああいうのが好きなんだろうな」

石沢はさらに話を続ける。

「だから美郷はホモでない奴に受ける。男に興味がない男でもね、引きつけるものがあるらしい」

何気ない口調で石沢は話すが、靖彦はいつの間にか汗をかいている。

「君は美郷に惚れてるんだろ?」

いきなり石沢は言った。

 

奥からカウンターに戻って来る美郷の姿が見えた。

「俺は女衒じゃないから仲介はしないよ。美郷は…」

一瞬石沢は躊躇って、

「いや美郷は止めといた方がいい。…ライバルが多い」

急いで靖彦の耳元に小さく囁いた。

 

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