プレリュード3
Prelude3
07/7/24
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東京のマンションへ帰ってからも、サクルムのメンバーと話が出来たことに靖彦はずっと興奮していた。
まさか彼らとじかに知り合うことが出来ると思っていなかったし、そのような努力をしようとは思っていなかった。
ステージ上での彼らと、実際の彼らとはまったく別のものだと思うし、興味を持っているのはステージだけで、実物の彼らにはまったく接点がないはずだと思っていた。
だが、実際に彼らと話してみると予想以上に面白くて、もっと彼らのステージに興味が出て来た。
バレエなど女の見るもの、というくらいの認識しかなかったのに、自分でも驚くほどだ。どうしてこんなにのめり込むのだろう。
やはり、美郷なのだろうか。
男だけのバレエ。そのストイシズム。そして官能。
官能?いや、そんなはずはない。
男だけで構成された空間が、どうしてそんなエロスを演出出来るというのか。
けれどもそれが濃密な、息苦しいほどの熱に満たされていることは確かなのだ。
今回のステージはこの間の「オンブラ・マイ・フ」とは少し違うように思った。
そう感じた瞬間に、美郷が踊りにインプロビゼーションを入れていることに気がついた。
彼らのダンスは普通のクラシックなバレエとは少し違い、パントマイムを取り入れた独特のもので、美郷の場合は、途中で踊りをやめてしまうのではないか、と思ってしまう部分がある。
そこから再び跳躍に戻る刹那がいつもスリリングで、音楽の盛り上がりとぴったりと合い、ぞくぞくするのだ。
そして今回、踊りの一部が変わっているのを発見したことに、靖彦はいっそう興奮した。
「この間はどうも…」
美郷が、靖彦に挨拶をした。ほんの少し微笑を浮かべていて、この前よりはだいぶ落ち着いているように見えた。
「トリエステ」で、二人で会うことが出来た。あれから一月ぶりだった。
他のメンバーは、気をきかせてくれだのだろうか。
靖彦にとっては、憧れのスターに会うような気持ちだった。
改めて聞きたいことが山ほど出て来るが、口が乾く。
「東京から来られるんですか」
美郷が先に聞いた。
「あ、はい、マンションに住んでて」
「お仕事なんかは…」
「あの、インターネットの、ポータルサイトとかあるでしょう、ショッピングモールとか。そういうの、管理するコンピューターの会社にいるんです」
「ああ…。今流行りの」
「うん、そうですね」
美郷はソフトドリンクを飲んでいた。
「あの、美郷さんはおいくつですか」
「18です」
「えっ…。そんな若かったんですか」
「あは、老けて見えますか」
「いやそんな。老けてなんて全然見えませんが。若いとは思ってたけど、本当にそんなに若かったんだなあって」
美郷は照れたように笑った。
「僕がメンバーの中で一番若いんです。他の人は皆二十歳過ぎているから」
「…いつ頃からバレエを始められたんですか」
「それは小さい子供の頃から…、母がバレエ教室の先生をしていたんです。それで…」
「ああ、それで。…あの今のバレエ団に入ったのはどんなきっかけで?」
「何だかインタビューみたいですね」
美郷が笑って下を向く。
「あ、ごめんなさい、いきなり聞きすぎてますね」
「いえ、いいんです。興味を持って下さって嬉しいです。…サクルムは男だけで、女性を持ち上げなくて済むから…」
「えっ」
「僕は力がないから女性を持ち上げるのが苦手だったんです」
「それがきっかけですか」
「ちょうどあの、…男性バレエ団を作る話があって、僕にも出来そうかなと思って…」
どれだけまじまじ見ても、話を聞いても、近くに来た美郷はごく普通の少年で、バレエをやっているようにさえ見えない。
そのことにも不思議な気がした。
「…男で、バレエに興味を持つなんて恥ずかしい気がしたんですが…」
「そんなこと全然ないです。…男の人に興味を持ってもらえるのは光栄です…」
「今日の踊り、あの、ソロですけど、この前と振り付けが少し違いましたね」
「『オンブラ・マイ・フ』ですか。うん、踊ってる途中でこうした方が良いかなという部分があったので、アドリブで変えてみたんです」
「やっぱりアドリブですか、すごいな」
「でもよくやるんです。本番でその場で変えたりするの。少しずつ変えていって、最終的に一番納得の行く、良い形になったらそこで完成というか」
「へえ、そうなんですか…。振り付けは自分でですか」
「振り付け師の人がいます。コーチというか。でもソロは自分で考えた所が多いかな」
「やっぱりすごい、天才だな」
「まだまだです…。修行中というか、勉強中なので。技術的にももっともっとうまくなりたい。基礎が」
美郷の目がいつしか輝いている。
「パントマイムも勉強中です。先生について習ってる。東京にいる先生で、毎週通ってるんです」
「えっ、東京に?」
「はい」
「最初、僕はすごくつまらない踊りをしていた。クラシックの基礎だけの。知っている限りの跳躍、回転、アラベスク、シャッセ…、でもマイムの先生について表現ということを学んだ。こういう気持ちの時に、こういう動きが出て来るんだ、表現として…。と。
「そのことを学んでから、動きに気持ちを入れられるようになって、自信もついて来て」ダンスの話をする美郷はいきいきとしていた。伸び盛りの、旬の者の持つ輝きに溢れていた。信じる道を一途に歩む真面目な求道者のようでもあった。
「あの、パントマイムのレッスンに東京に来ているなら、俺に飯でもご馳走させてください」
「えっ、まさかそんな。迷惑ですから」
「いえ全然。俺は貴方がたに楽しませてもらってるから。お礼に、ぜひ」
それから美郷は東京へ来る時に靖彦に連絡をくれるようになった。
夢のような展開だった。
美郷への興味は舞台での彼の才能への興味で、靖彦はその賛美者だった。
その思いは熱心なファンのそれで、それ以外のものではないと思っていた。
舞台の上の美郷、それは男でも女でもない特別の存在で、彼が現実に男であることは、靖彦にとっては意識することではないと思った。
男という性をどこか超越しているのが美郷で、したがって美郷に男の性的なものを感じ取ることはなかったと思っていた。