石の荷 2
(鴨川慕情2-2)
07/6/20
曇り空だが、蒸し暑い日だった。かんかん照りでなくて良かったと思う。
「曇り空でも日焼けするらしい。忍は帽子でも被ってくれば良かったな」
「え、僕が?」
左大文字を背に見ながら、金閣寺へゆく道を歩いていた。
お盆には火の灯る大文字が、今は山肌に無骨に書き殴られているように見える。
「せっかくのきめの細かい白くてきれいなお肌が台無し」
忍が笑う。
「夏には焼けたいです。僕だって」
「やめた方が。お肌がボロボロになるぜ」
「でも焼けた方が健康的…」
「俺は君の色白のお肌を愛しているのに、やめてくれ」
ひどく寛容な顔になって、忍はその言葉を聞き流した。
京都の夏は暑い、とは聞いていたが、初夏でもうこの暑さにはうんざりする。
普通の暑さではない、地面から陽炎が立ち昇って、空気全体に充満して来るような、逃げ場所のない暑さだ。
忍は涼しい顔をしているが、慣れているのだろうか。
30度くらいでは暑く感じないと言っていた。冷房も入れないと言う。やはり慣れているのだろう。
忠弘のマンションから、どの交通期間で金閣寺まで行くかを、少し考えた。
自転車で行くには遠すぎた。
忠弘は、さすがに自転車での通勤はまずいと思い、最近、通勤をバイクに変えていた。それでも今回は、そのバイクに忍を乗せるのは危険だと思った。
結局四条烏丸からタクシーで行くことにしたが、渋滞を除いては、それが正しい判断だったと言えた。
忍がいやがったのは、運転手に金閣寺まで、と告げることだった。忠弘が誇らしげにそう口にした時、忍は消え入りそうなくらいに恥ずかしそうにした。
「でもやっぱりこの辺は涼しいですね」
「えっ、そうなの」
参道を、途切れのない人の群れについて歩く。
「町中に比べればこの辺は北だから」
だがさつきの葉はしんなりし、だるそうに垂れている。
忠弘は京都人の口癖を少し覚えた。『やっぱりこの辺は違うね』。略して『やっぱりちゃうな』とも言う。この辺がどの辺かは分からないけれども。
人が多く、観光バスの団体や、修学旅行生でごった返していた。
一度来たことがあると思うのに、どのように来たか、まるで記憶がない。池に映る金閣をぼんやり覚えているていどだ。
「こんなシーズンオフでも人が多いんだねえ」
「観光地だしね」
忍が、来るのを渋ったのが何となく分かった。
バスがひっきりなしに駐車場に入って来て、常に笛の誘導音が響いている。せわしなくて落ち着かない。
だが忠弘はそんなことにはお構いなく期待に溢れていた。もうすぐ、あの金ぴかの金閣寺が見られるはずだからだ。
人々の歩く方向へついて歩き、受付けに到着する。
「うわ、いきなり」
生垣を越えると、池の向こうに、金色の舎利殿が浮かんでいた。曇ってはいても遮るもののない空に燦然とそれが煌いている。
「金ぴかですね」
「きれいだなあ」
忠弘が感心した。回りの人々も、それぞれ感嘆の声を上げている。
「プラモデルみたいだ」
「えっ、きれいじゃないか」
「金ぴかすぎて偽物みたいです」
「本物の金だろ?」
「たしか最近、貼り替えられたとか…」
「池に映っているのがいいんじゃない?」
「晴れているともっとくっきりと映るらしいですけど」
池に映る舎利殿はぼんやりしていたが、霞のようでもあって、それもまた興趣のように感じられた。
観光客がざわめきながら対岸の金色の建物をそれぞれ褒め称えている。彼らはそれぞれベスト・ポイントを探して写真を撮る。
隣にしょっちゅうカメラを撮り合っている客がいて、話す言葉が日本語ではないから、日本人のように見えるが、アジア系だろう。
「あれは日本人じゃないね」
「韓国人かも」
「俺もカメラを持ってくれば良かったなあ」
「携帯で写すのだけは止めて下さい」
「分かった」
池を巡り、一周してから舎利殿の背後の小高い丘のように起伏のある庭を歩いた。
客がぞろぞろと歩くあとについて、もう一度舎利殿を望めるポイントで止まり、それから庭を一周した。
アジア人がそこら中をカメラに撮っている。
「珍しいのかな」
「金閣寺はどんな風に見えてるんでしょう」
「金ぴかに見えてるだろうな」
忍が笑う。
「韓国人に日本の歴史なんて分かるんだろうか」
「義満なんて言っても知らないでしょうね」
「池泉回遊式なんて言ってもね。でも俺も中学生の頃は…」
庭を出て、方丈の前へ来る。そこは非公開だった。売店があり、キティちゃんのお守りなどを売っている。
皆がそこに群がっている。修学旅行生もいる。
「分かったよ。京都の良さってのは、子供が見ても分からないんだ」
「そうですか」
「そうだよ。やっぱりものごとの繋がりが分かる年にならないとね」
「繋がり?」
「うん、歴史とか、土地の人の風習とか。ケチとかイケズとかね。知って初めて良さも分かる」
忍は笑いをこらえた。
「忠弘さんもずいぶんイケズになりましたね」