Story

石の荷 1
(鴨川慕情2-1)

07/6/20

 

狭いベッドに男二人が汲々として詰め合い、横たわっていた。

「なあ?」

と忠弘が忍の腰に手を回しながら、

「着替えとかさ。少し持って来ればどうだろう」

提案してみた。

本郷忠弘の四条下ルにあるマンションには、すでに忍の歯ブラシや下着など、ちょっとしたものを置いている事実があった。

忍の仕事場である姉小路には、住んでいる洛西のマンションよりも忠弘のそこの方が近いから、つい、忍もそこに寄りがちだったのだ。

「いっそさあ、一緒に暮らそうよ、ここで」

忠弘は、実は、これを最も望んでいるのだった。

忍がいちいち遠い寝床へ帰るよりも、便利なここに寝泊りする方がはるかに楽だし、自分としてもこんな嬉しいことはない。

忍が帰ったあとも、彼とここでずっと共に暮らしている夢想をしては、悦に入っている。

朝出かける時も、夜帰って来た時もそこに忍がいて、毎日彼の顔を見ることが出来たらどんなに嬉しいだろう。

 

「んー、でも、けじめがつかなくなるかもしれないし…」

忍が、即答を避けて言葉を濁す。

どんなことでもすぐに決めない、曖昧に済ませてしまう、うやむやにする、のが忍の特徴だった。

そんな忍をかき口説いて、やがて折れさせるのが、忠弘の楽しみでもある。

「絶対にさあ、楽だよ?君だって」

「そうやなあ…。その方が絶対楽ですよね」

忍の細い顔が天井を向く。

彼もきっと、同棲を始めた時のことを想像しているのだと忠弘は勝手に思った。

「着替えくらい置いておこうかな…。ここ便利なんだもの」

「うん、そうだよ。便利なんだ、ここ」

我が意を得たりと忠弘は説得にかかった。

「町のど真ん中だし、どこへ行くにも歩いていけるんだ。俺なんか最近、御池の会社へは自転車で行くことにした。自転車で会社なんて、考えられなかったなあ」

忍がくすくすと笑った。

忍は上品だ。

普通の男みたいに大口を開けて心おきなく笑わない。そういう所は女っぽいと言えただろう。

しぐさや振る舞いが特に女のようになよなよしているわけではない、ただ女のように上品だ。そこに惹かれる。

忠弘は自分と正反対のものに惹かれる傾向がある。だからがさつな自分とは対照的な忍が新鮮で、彼を追いかけ回したのだった。

 

忍が自分に真剣なのかどうか、忠弘には分からない。

彼が最初の恋に破れて、そういう付き合いに臆病になっていたことから考えて、いい加減な性格ではなく、真面目でナイーブで、だから遊びで忠弘に対しているのではないだろうということだけは、見当がつく。

だがその度合いがどのくらいなのか、最初の相手に対してより強い思いを持ってくれているのか、自分のように、自分と同じくらい思ってくれているのか、それが分からなくて、悩ましい。

感情は強制するものではないから、忍が、忠弘をどう思おうがそれは忍の勝手だ。自分と同じ思いを自分に持ってくれ、と頼むことは出来ない。

ただ少しでも忍に、忠弘と過ごしている時が楽しいと思ってもらいたい。楽しい時間を忍に提供したい、そういう思いがある。

その気持ちが通じれば、忍もきっと、忠弘に確かな思いを寄せてくれるだろう、と。そういう思いが、忠弘にはあった。

 

 

「そうだ、今度から日曜日に休むことにしました」

「えっ」

忍は印刻師で、家は寺町通りにハンコ屋を営んでいる。当然、土曜・日曜も店を開けているから店を休めないはずで、それで忠弘と休みが合わなくて、昼間合うのに苦労していた。

「母が店を見てくれるって。毎週ではないけど、隔週で休めるんです」

忠弘の顔が明るくなった。

頭が急に忙しく働き始め、計算をはじめ、ドーパミンが急激に合成され、飛び散り始めた。

「それなら昼間に会えるなあ。名所巡りなんかも出来る」

「えっ?」

「俺、京都に来てから町中ばかりで、まだあんまり名所とか行ってなくて」

「はあ」

忍が乗り気でないような返事をした。明らかに忍は、自分が口に出した休日のことを後悔し始めている。
話が違う方向へ転がり始めているという感じの反応だ。

「修学旅行以来だからなあ。ねえ、忍が案内してよ」

忠弘はもう名所巡りをする前提で話し始める。

「君に案内してもらいたいなあ?」

物欲しげに忍に無心する。

「名所って…。行きたいですか」

「行きたいよ。行ってみたいじゃん。行きたくない?」

「だって名所でしょ」

「うん。金閣寺とか銀閣寺、清水寺、平安神宮とか…、行きたいなあ、ねえ?」

忍は呆れて、口を開けている。

「そんなとこ、行ってどうするんですか」

「どうするって、見学するんだよ」

忍は口を噤んでしまった。

「あ、あのう。いやかい」

「平安神宮は勘弁して下さい」

「分かった。平安神宮はパスしよう。でもじゃあ他は良いんだね」

「…」

「なんかさあ、京都の人って、名所っていうとなんか嫌がるんだよね。どうしてだろう」

「だって、金閣寺とかって…」

「忍は行ったこと、あるの」

「ないです」

忍はしぶしぶという風に答えた。

「ないんだ。じゃあ行こうよ。えっ、行ったことないの?」

「行ったような気もするけど、覚えてなくて。大人になってからは今さら行く気もないし…」

「じゃあ、この機会を逃せば一生行かずじまいだよ、金閣寺に。ぜひ行こう」

 

良い考えだと思った。

休みのたびに、忍に案内してもらって京都の名所を巡って回る。そうすればあらかたの名所と言われる場所は回れるに違いない。

 一人で行くのも悪くないが、忍と回れるのなら、その方が楽しいに決まっている。

生粋の京都人である忍は、京都人なら誰でもそうであるように、いわゆる観光名所がきらいで、そういう場所を馬鹿にしている節がある。

生まれてから行ったこともない場所も沢山あるのに、行く気がないのだ。

忍は多分、観光地の場所がどこにあるかも知らないだろう。だから彼に案内してもらうというアイデアは、かなり無理がある。

だが、そんなことは自分で調べれば良いのだから、自分が忍を連れて行けば良い。

忍はそうなれば、京都人の誇りにかけて、他府県人に観光案内をされるのは恥だろうから、いやでも調べて来るに違いないけれども。

 

「今度の休みの取れる日曜日にしよう。晴れたら金閣寺。雨なら…」

「雨なら?」

「誓願寺だ」

あはは、と忍が笑った。

誓願寺は繁華街の新京極のアーケードの中にあるお寺だ。雨でも濡れない。忍の店からも、忠弘のアパートからでも歩いて行ける。

「忠弘さんは、いつも強引だ…、ていうか、ためらうことがないんですね」

「うん、思ったことがすぐに体とか足に直行するんだ。頭に閃いたことはね、その時に実行しないと、もう実行する絶好のチャンスが来ないように思うのさ」

「そうなんですか?」

「思った時が一番の旬だからね。そう思った時に実行することが、一番幸せになれるこつだ」

忍はゆっくり笑った。

忠弘の言葉に、賛同してくれているのだと思った。

 

鴨川慕情へ つづく

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