三十三間の闇

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工芸大学のキャンパスで、彼女に会った。
同じ講義に出て、そのあと北白川でデートをした。
彼女はまた、ソフトクリームを食べた。
そして、イタリアン・レストランで夕食を食べたいと言うので、携帯で探し、北山まで行った。
そのあと別れてから、彼女から、元カレとよりを戻したの、ごめんねというメールが来た。
まだキスもしていなかった。
次の日、講義があり、アルバイトがあった。
一日、自分が何をしているのか分からないまま行動していた。
脳髄が考えることを拒否し、ただ体が反射的に動いていただけだった。
何日かが過ぎた。
アルバイト先の木屋町のバーで、客に酒をぶちまけそうになった。
盆に酒を乗せて歩いていて何かに躓いたらしい。
背中かから冷や汗が出た。
―自分はこんなに打たれ弱かったんだな。
ぼんやりとそう思った。
少しだけ、考える力が戻った。
彼女のことは、どうでもよかった。
特別に彼女でなければならない、という訳ではない。女の子ならどこにでもいるではないか。
―そう考えて、気持ちを立て直そうとした。
だが、立花は…。
立花のことは。
こんなにも心が挫けるのは、なぜなのか。
…
新しい客が店に入って来た。
反射的に入り口を見た。岬の身体が硬直した。
それは立花だった。
会えると思っていなかった。
当分会えないと書かれていたメール。もう会えないのかと思っていた。
立花は少しも変わった様子はなく、穏やかに微笑んで岬に挨拶をした。
岬は泣きそうになった。
立花が、誰を最も愛していて、誰と付き合っていても構わない。
少しでも彼と時を共に過ごせるのなら、それで構わない。
立花の顔を見た時、岬はそう考えている自分に気がついた。
立花に恋をしているのだ、とやっと気がついた。
「しばらく間があいてしまって、済まない」
いつもの定位置に座りながら、落ち着いた様子でそう言った。
「元気だった?」
「…はい」
「怖れをなしたわけではないんだよ」
と立花は冗談ぽく笑ってみせた。
平日の、週の始めで人が少なかった。
立花と岬の関係を知るマスターは、会話が聞こえないようにカウンターの端へ寄る。
「君がストレートだということを知っていて誘ったのは私だし、君が不本意に付き合ってくれていることも分かってる」
岬は動揺した。
立花の貌をじっと見た。その気持を読み取ろうとして。
「立花さん、…あのことだったら謝ります。…不本意なんかじゃないです」
「ゲイの人間はノンケの方が好きなものなんだ」
岬の言葉には答えず、彼は言った。
「……」
「危ない、危険だと思うからこそ、のめり込んでしまう。人間にはそういう所があるね」
立花は、独り言のように続けた。
「叶わないから求める。簡単に叶えられるものなら興味を引かれない。…近くにあるものを見ないで、遠くばかりを見る。…罪作りなことだね」
「立花さん」
立花の言いたいことは何なのだろう。ひとつひとつの言葉の意味は。言葉の裏に何があるのか。
「…近くにある花の美しさに気づく時は、たいてい遅すぎるものだ。…私は間に合ったのかな」
「立花さん。僕は」
今は、勤務中なのに、そのことが岬の頭から一瞬離れてしまった。
「―僕は立花さんと少しでも時を共に過ごせるのなら、…それで構わないです。立花さんが誰を一番大事にしてるか、それが僕でなくても…」
立花は、訝しげに微笑んだ。
「君らしくないな。どうしたんだい?そんなに下手に出るなんて」
飲み干したグラスをカウンターに置くと、立花は席を立った。
「また連絡するよ」
立花が去ったあとの椅子を、穴が開くほど岬は見つめた。
立花は何も知らない。
岬が、立花と、彼の若い情人との情景を見たことや、岬が自分の気持ちに気づいたことを。
立花は、待っていたのだろうか。岬の恋を。
不本意な相手をそれと知りつつ抱くことに、喜びはあったのだろうか。それとも苦しんでいたのだろうか。
いつか岬が心を開くことを信じて抱いたのだろうか。岬は、毎日メールを待った。
もしかしたら立花が、気づくかもしれないと。
――醍醐寺へ、まだ行っていなかったのに。
二人で、行くはずだったのに。
だいぶ経って、立花からのメールが入った。
―君に謝ろうと思ったが、それは僭越だと気がついた。君に対して失礼だろう。だから謝らない。いつかまた、会えるだろう。
恋が終わったことを、岬は知った。
それは一方的なものなのだから、どちらが悪いわけでもない。
花見の季節になっていた。
立花が、醍醐寺の桜の下を、あの若い男と肩を並べて歩く様子を頭で思い描いた。似合いだと思った。
フォトフレームに入れた、机の上の「雪中鶏図」を見た。
岬の、立花との思い出は冬だ。
立花との間に残されたものはそれだけだった。
キャンパスへ行く。
彼女の姿を探す。
よりを戻したという元彼の姿を見てみたかった。見て、どうなるものでもなかったが。
あの薄暗い小路の中で、立花と男のはしない姿を見た時のように、息を潜めて衝撃に耐える自分がいるだろうか。
いや、あの瞬間はもう来ないだろう。
それは人の闇を見た瞬間、自分の恋を見た瞬間だった。
The END
あまり上出来の話ではないと自分でも思いますが、登録のために書いてみた。
女の子が出て来たり、あわやリバかという場面があったり、掟破りというか、すれすれです…。註) 記述はすべてフィクションであり、実際とは違うものがあります。