鴨川慕情
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「何なの、これ」
「だから茶菓子」
「こんなものを手切れ金代わりにしようってわけ」
「まあ、そう言うなよ」
それでも右京が会ってくれたのは、人のよさからなのだろう。そこが右京の良さだ。
「何なら茶せんに茶勺に、抹茶茶碗と柄杓もつける」
「素人が選んだものなんてだめ。プロに失礼よ」
「すまん」
「そんなにあの子が良かったの」
「…。良かったって言うか…。何かほっとけないって感じかな…」
「それって、ノロケ?」
さすがに右京はぷんぷんと怒った。
二人が待ち合わせに使っているホモバーは、大宮近くの、地下を降りて入る店だった。
表向きはそれとは分からない普通の作りをしている。給仕も特別な者ではない。
客だけが意味ありげな、鋭い目つきで相手を探す、京都に数少ない店なのだった。
「まあさ、あたしだって片思いの本命が全然振り向いてくれないからさ。しょうことなしに、とりあえず本郷ちゃん、ってとこはあったけどさ」
「んー、まあ、そういうことだね」
「だからさ、譲るわよ。今回は。すぐに振られて戻って来ると思うけどね」
「ありがとう。感謝するよ」
右京とは奇妙な関係だった。
忠弘にとっては、手前勝手だが、お互い本命が見つかるまで、という暗黙の了解もあり、肉体関係よりも、同志的気分が強かったのだ。
右京に忍との首尾を報告したかった。
無神経だとは思ったが、それよりは既に、同じ穽の狢の気持が勝っていた。「これ、本郷ちゃんのとこのお菓子?」
「いや、違う。デパートで買って来た。どっか、老舗」
「何だかなあ…」
右京が包み紙を開ける。
「俵屋吉富の雲龍」
ビジネスホテルに一人だけチェックインし、部屋に入ってから忍に連絡した。
忍は日曜も店があるから、定休日の前の水曜日の夜に、誘った。
会社のある御池からホテルは近い。さすがに、人目が気になった。もう同じホテルは使わない方がいいだろう。
同僚同士が、会社で、この前の休みにここで見かけた、というような会話を交しているのを何度か聞いて、京都という町が想像以上に狭いということに、やっと気がついた。
忍は最初の夜よりは落ち着いているようだった。
部屋の中の忠弘を見た時、安心したような、嬉しいような表情をした、ような気がした。
「これは?」
「ウチで今度出すお菓子。意外と上手いんだよ」
箱の中の、幾包みかを忍が手に取る。
「パイ?」
「柔らかい生地の中にこしあんが入っている。あずきパイというか」
「こういうの、作っているんですか」
「うん、そうだね」
「甘いのがお好きなんですか」
「まあね。…君は?」
「…母が好きです」
「…」
会話が途切れた。
忍が下を向いた。
何となく、忍の気持が分かって来たような気がした。
心を覆い、隠そうとしていると思う。だが沈黙がかえって心の奥を垣間見せる。
それを探り取ることが、忠弘のすべきことだと思った。
「抱いて下さい…。早く」
忍が座ったままで言った。
罪悪感から逃げたいのだと思った。
*
「ちょっと待ってくれ。コンドームを…」
「僕なら大丈夫です。僕は誰とも…」
「う、うん、そうは言っても…」
「それとも本郷さんが」
「違うよ。…そんなに言うなら…」
忠弘は忍の上に乗り、体勢を取った。
「エチケットだと思って。こういうことは」
「…」
「生出しして欲しいの、なんて」
「…」
忍の脚が、忠弘の体に絡む。次の瞬間を、忍は待っていた。
忍の肩に顔を埋めながら、忠弘は夢中で腰を動かした。
忍の身体を気遣うつもりでいながら、つい激しく動いていた。
忍の内部が徐々に忠弘に合って来て、熱っぽく絡みついて来る。
狭い中をこじ開けて、忍を蹂躙してゆく快感に忠弘は酔った。
忠弘の頭をきつく抱えながら、忍は小さく呻いた。
一度で済まなかった。
忍の尻を抱え、もう一度深く侵入する。
再びそこが熱く昂ぶり、忍の尻を抉り続ける。
触れ合っている忍の身体が熱かった。尻を振って、忠弘の動きに合わせていた。手は忠弘の尻を掴んでいた。
奥まで打ち込む度に、もっと忍を所有したいと思った。
もっと忍を乱れさせたいと思い、もっと溶け合いたいと思った。
自分のマンションに忍を呼ぶことにした。
その方が安全だ。
忍は西京区のマンションを借りているというが、松尾印判からは、忠弘のマンションの方が近い。
「富小路仏光寺…。上がるだったかな、下がるだったか…。京都ってややこしいね」
「その辺なら、磔磔があったように思いますけど…」
「ああ、あるある。何なの、あそこ」
「ライブハウスです」
「ええっ?でも奥まった、きたない倉庫みたいな感じだよ」
「蔵を改造したとかですよ。昔からある。一度行ったことがあります」
「へえ、ライブとか行くんだね」
「その時は落語でした」
「えっ。落語」
「何でもやるんです、そこ」
その磔磔の看板が見えて来て、忠弘のマンションに着いた。
5階建てのマンションの4階、4号室であった。
「俺はそういうの、気にしないから。てか、そこしか空いてなかったのもあるが」
窓からはごみごみした裏通りが見える。墓場もある。そのすぐ隣はコンクリートのビルだ。
「ここ、以前は確か、大きい町家でした」
窓の外を見ながら忍が言った。
「失火して、全焼して、一人暮しのお年寄りがその時亡くなったと聞きました。そのあとにこのマンションが建ったんですね」
「町家か。…今ブームだねえ」
「でも年々無くなっていってる」
忠弘は忍に近づき、後ろから身体を抱き締めた。彼の項に舌を這わせた。
「京都はだんだん変わっていく。…だんだん、他の町と同じになっていく。京都でなくなっていく」
忍は忠弘を拒まず、されるがままに愛撫を受けていた。
「君は根っから京都人なんだね」
「しがらみから抜け出られない京都人です」
「…」
忍は忠弘の手を解いて、忠弘に向き合った。
「本郷さんは僕を解き放ってくれる」
「ははは、どうかな。…君を堕落させるだけかも」
「構いません…」
マンションはリビングと寝室の2部屋で、新しいからまだきれいだった。
リビングのソファの上で、抱き合った。
ソファの背もたれにもたれかかり、下半身だけ露わにして、忍は忠弘に抱かれた。
忠弘も、下半身だけ脱いでいた。
まるで我慢出来ないと言うように性急に、獣のように交わった。
明かりをつけたままだった。
忍の昂ぶったものが忠弘の腹に当たる。それも快感だった。忍のそれを圧して搾り取ることも歓びだった。
本当に獣だなと交わりながら思った。
激しく求め合うことで切なさはいっそう増した。
何をこんなに身も世もなく我を忘れて交わるのか。
忍を絶頂に導いたあとでも忍を所有したという実感がないからか。
交わっている間は彼を所有しているという実感があるからか。
その歯がゆさのゆえなのか、もっと喘がせ、もっと狂わせて、忍に自分を刻みつけたいと思う。
狂ったように忍を揺すぶる。
焦燥のような気持に支配される。
忍もついに、大きな声を発した。
***
「獣みたいだね、俺たち」
冗談めかして、忍を後ろから抱き締めた。首筋から、頬へと唇を滑らせる。
「風呂へ入れよ…。そのあと、ベッドでもう一度どう」
忍は無言で忠弘の唇の愛撫に応える。
忠弘は片方の手で忍の胸を抱き、もう片方で忍の髪や、頬を愛撫した。
忍に触れていると、幸福感が満ちて来た。
忍を、自分の腕の中に抱いている間は、彼を所有していると思うことが出来た。
やがて忍が唇を離して忠弘へ顔を向ける。
「…元気ですね」
「君も若いだろ。何度でもしたいんじゃないか」
「…出来ると思う…」
忍が忠弘の腕の中で薄く笑う。
忠弘は、忍の頭を肩に乗せさせ、自分も幸福感に酔いながら笑った。
「…大丈夫?」
「本郷さんは慣れてる」
「―夢中になって、君を傷つけないかと心配だ」
「…」
「慣れてるわけじゃないよ。俺を遊び人だと思ってるかもしれないが、これでも一途なんだ。…ゲットした相手を放したくない。嫌われたくない」
忍は無言である。
「君は不思議だ。どれが本当の君なのかな。考えてしまうよ」
「…どうしてですか」
「その、抱き合っている時は不安はないんだよな。…俺のものかなと思える」
「…」
「…けど普段は何を考えているのか分からないから」
忍は少し考えて、
「長い間に感情を表に出すことが恐くなったのかも…」
と言う。
「どうして」
「…さあ」
「君はずるい。京都人ていうのはこうだ。…君は3代か、4代…?」
「4代です」
「じゃあ、無理ないか」
「何が?」
「心に鎧を着るのも無理ないと言うことさ」
忍がうっすら笑う。
「本郷さんみたいに明るくない。暗いんです。それだけです」
「俺には謎めいて写るよ。君は、俺を見てないような気がする。どこか遠くを見ているような気がして」
「…そんなことありません…」
忍は眉を顰めた。
「でも心までは裸にならない。預けない…よね?」
「怒ってますか」
「…いや。」
「怒ってるんでしょう」
「…いや。そんな権利はないから」
「それなら身体だけの関係で、いいじゃないですか」
「君はそう思ってるのか?」
「本郷さんがそのつもりだから、僕もそのつもりです」
記述はフィクションです。