鴨川慕情
2 (2/5) 18禁

「えっ、もう作ってあるの?」
「はい」
青年は、奥の部屋から小箱を持って来た。
紙で出来たその箱の蓋を開けると、中に落款が入っていた。
「勝手に考えて作ってしまったんですけど」
四角い縁取りに、篆書で忠弘と刻まれていた。横書きで、弘の字が美しくデザインされている。
忍は机に置いてあった和紙の上に、落款に朱肉をつけ注意深く押した。文様のような文字が、そこに印刻された。
「いやあ…。これは感激だな。今日来て、注文しようと思ってたんだけど」
「注文や、ご相談も受けずに勝手に」
「いやいや、俺が何か言うより専門家がこうしてやってくれる方がずっと…」
忠弘は、正直に感心していた。
京都人のいつもの愛想だろうと考え、相手が真面目に注文に応じるとは思っていなかったのだ。
忍は落款の朱肉を拭きながら、
「お名前を拝借すると、すぐに四角い縁取りが頭に浮かんで、どう彫ろうかと思い巡らしているんです。癖なんですよ…」
と言った。
忠弘は、忍の顔を見つめた。切れ長の目と、きめの細かい肌が美しいと思った。
松尾印判と書かれた木の古い看板が目印の店で、それが古い店だということを示していた。
店の入り口の戸の上に、長刀鉾のちまきが取り付けられていた。
右京の言うとおり、代々この地で店が受け継がれて来たのに違いない。
休日になるのを待って、寺町にある店へいそいそと出かけた。落款よりも何よりも、忍に自分を覚えてもらおうという魂胆だった。
「…それはさすが伝統工芸士さんだな」
「いや、僕はまだ伝統工芸士じゃないです。あれは認定がいるんです」
「えっ、そうなの」
「あの展示会は、『明日の伝統を担う工芸士』というんで…」
「えっ、そうだっけ、ははは、それは」
「まるで詐欺みたいなタイトルですよね。…伝統工芸士になるには何十年も修行しないと」
「君はいくつ」
「25です…」
「そうなのか。いやあ、でも立派なもんだよ。お父さんとこの店をやっているの」
「いえ、父は死にました」
「あ、そうだったの…。じゃあ、君がここのご主人」
「ええ、まあ…」
忍は眉を顰めて、曖昧に返事をした。
その様子を、忠弘は呆けたように見ていた。
来客は立っているが、店の者は煙草屋の机のような台を挟んで客から隔って、畳に座る。
綿パンを穿いた今時ふうの若い主人と、畳と、落款のアンバランスに見とれていた。
新京極を経て河原町から東へ歩いた。
三条京阪近くに、小じゃれた店があると聞いていた。
木屋町を超え、三条大橋を渡る。
「ああ、あれか」
鴨川右岸の土手を見て、忠弘が声を上げる。
「ここらへんにもまだカップルがいますね。四条下がったあたりから続いている」
忍が解説した。
「等間隔カップルって。有名だしな」
「30年くらい、この習慣が続いているらしいですよ」
「君も、あそこに座ったことはあるの」
なるべく自然な感じで訊いた。
「いや、僕はないです」
忍は少し笑って言う。
その、うすく淡い笑いが、忠弘に響いた。
忠弘は橋の中央で止まり、欄干に肘をついた。
「俺の連れ、覚えてるかな」
「…はい」
「あれ、俺の…。何て言うかな。セフレって言うの?」
「…」
「俺、ゲイなんですよ」
「…」
忍を見なかったが、衣擦れの音が微かにしたような気がした。
「あいつと、そんな関係で。ははは、こんなとこでする話じゃないな」
「いえ…」
忍は、困った風に、その場に立ち尽くしていた。
忠弘は、再びゆっくり歩き始めた。
人が大勢行き来していた。
誰も二人を見咎める者はいない。忙しげに追い越して行く。
特別に落款を作ってもらったお礼にと、無理矢理空いている時間を聞いて、忍を連れ出した。
擬宝珠のついた欄干のすぐ横を、ゆっくりと歩く。
告白した時、嫌ならついて来るはずはないだろうと忠弘は思った。
忍はついて来た。
ばつの悪そうな顔をしていたが、忠弘の半歩後ろを、それでも歩いていた。
三条大橋を渡りきり、川端通から土手を降りて、河川敷へ出た。
「…」
目的の場所と違う方向へ来て、忍が不安そうな様子を見せた。
「あの銅像は忠犬ハチ公よりも目立つな」
「…高山彦九郎ですか」
「て、言うの」
「…幕末の尊皇派の志士で…。御所を向いて座ってる」
「詳しいね。さすが、京都人だ」
「…誰でも知ってますよ」
東側の河川敷は、通る人は少なかった。
休日だからそれなりに人はいるが、それでもまばらだった。
「こっちに来てから、あんまり知り合いもいないでしょ。だから、何となくあいつとつるんでいてね。深い関係じゃないんだけど」
「でも…」
「まあ、セックスはするんだけど。ははは…。ほら、やっぱりなしではツライから」
「…」
「失敬。…」
半歩後ろを歩く忍の表情は見ることが出来なかった。
見ないままで歩きつづけた。
「正直な方ですね」
忍が、押し殺したように言った。
「…はは、もちろん東京では極秘だよ。会社の同僚にだって言わないし。ってか、言えないし」
「こちらでは言えますか」
「旅の恥は何とか、って言うしさ。旅じゃないけど」
「でも、あまり気にはなさってないみたいですね」
忍が、忠弘を見る。
「その、ゲイって言うことを…」
忠弘は立ち止まった。
「あの、失礼なことをいきなり言うけど…。君もそうなんだろう?」
忠弘は、忍にそう言った。
「何ていうか、フィーリングというか。こう、感覚で分かるというか。同じものを持ってるなという…。そんな感じがした」
忍は、曖昧な表情をして、眉を顰めた。川の流れを見ていた。
「いいの?」
「はい」
「帰らなくても」
「はい」
忍の目は潤んでいた。
シャワーを浴びたあと、ホテルの部屋着を着て忠弘の前に表れた忍は、すでに気持の準備もしていたようだ。
差し出した腕に、まるで倒れ込むように身を投げ出して来た。
その身体を支えながら、忠弘は夢中で忍の唇を貪った。
忍も、求めて来た。
堰を切ったように激しく、忠弘の唇を求めた。
三条京阪から北へ上がったビジネス・ホテル。男二人で入るのは、それほど不自然でもなかった。
寺町の店舗の奥にある住居には、母は住んでいるが自分は別のアパートにいると、忍は言った。
家に連絡をして、直接アパートに帰ると母に告げたようだった。
ふと、忠弘は、忍が店に来る上客にこうして身体を与えているのだろうか、と思った。
しかし――。
どうでもよかった。
きめの細かい忍の肌に触れた時、疑念を頭の後ろに押しやった。
おとなしそうな男がいざ事に及ぶと、激しかったり、ことのほか元気だったり、意外と逞しかったりするのを、忠弘は見たいと思っていた。
そういう男が、忠弘の興味をそそる。そのさまを想像するだけで興奮する。そのアンバランスに、欲情するのだ。
ベッドに倒して部屋着を脱がせた時、少しだけ躊躇う動きがあった。
しかし、首筋や鎖骨に愛撫を加えてゆくと、忍はそれに反応し、喜びの声を上げた。
忍は身体を少しずつ忠弘の腕の中からずらし、胸から腹、臍へと到達した。
忠弘の足の間に入って、彼の股間で、頭を蠢かせた。
すでに天を衝いていた忠弘のそれは、忍の奉仕によっていっそう固くなった。
上手と言うわけではなかったが、舌で愛撫を加え、口に含んで吸い上げるさまに、男を欲しがっている様子があった。
忠弘は、忍の髪に手を差し入れ、頭を撫でた。
忠弘のものが忍の咽喉の奥に到達し、根元が締め付けられた。忠弘は声を上げそうになった。
忍の顔を股間からはがし、彼をシーツに横たえた。
忍の後ろを指で探った。
湿り気はないが、指を奥に伸ばすと、ぎゅっと締め付けられた。
*
潤して、施してからゆっくりと体を進めたが、忍は痛みを怺えているようだった。
脚を持ち上げ、尻を浮かすようにして、自分のからだと密着させるかたちで忍に自分を埋め込んだ。
角度が変わり、狭い部分が広がったように思えた。奥まで入った。
痛みが和らいだのか、忠弘の肩をきつく掴んでいた忍の手が離れた。忠弘は動き始めた。
忍の身体に楔を打ち込むことに、堪えられない快楽があった。
忍は、男を味わっているようにも見えた。目を閉じ、突かれる度に小さく呻いた。
忍の脚を持ち上げ、膝がシーツに着くくらいに折り曲げて、運動を速めた。
忍の息が荒くなった。何かに耐えるように、眉が顰められた。
その眉が、忠弘をそそった。
忍はまだ荒い息をついていた。
ようやく薄く開けた目は、彼方を見ているように見えた。
息が整って来て目の焦点が合うと、忠弘を見て少し微笑した。
「大丈夫か」
「はい」
忠弘は、忍を見ながらシーツに肘をついた。
「満足した」
「はい」
「君も正直だよ」
「はじめから…」
目を泳がせながら、忍は小さく言った。
「こうなりたかった」
「ほんとに」
「…そやけど」
「そやけど?」
「なりたくないとも思った」
「どうして?」
忍は、背を向けてシーツを被った。
「ほんのちょっとのきっかけで、こんなに簡単に人とこうなれるなんて、思わなかった…」
独り言のように呟いた。
忠弘は、忍の訛りのある喋り方を思い出していた。
久しぶりだったんですと彼は言った。
信じられなかったが、忍の体の乾きからすれば本当だったかもしれない。
京都の人間だから、ということが頭にあった。
だから、どれが本音か分からない。
忍の言葉のどれが真実かうわべか、それとも言葉だけの空言か。
ただ彼の肉体だけは真実だ。肉体は嘘をついていないと思う。忠弘を正直に受け入れた、肉体の反応は素直だった。
忍の言葉が、どれだけ繕っても訛りを隠せないように、彼の体は男を待っていた。そう思う。
腕にした時の感触が残っていた。
その感触はなかなか消えてゆかなかった。
| 相変わらずベッドシーンが下手です。そこは受け売りをしていると思って、飛ばし読みして下さい(涙)。 |