祇園祭の海3
紺青の海 夏編
07/7/11

臨時の橋渡しをわたって、鉾の中へ入る。
人数制限をしていて、係の者が10人くらいずつ、人数を区切って中へ入れる。
それでも中は、人が沢山いてぎゅうぎゅう詰めだ。
おまけに、お囃子の人が周りにいて、腰掛けて鉾の櫓の周囲を取り囲んでいる。
遙たちが鉾に入ると、まもなくいきなりお囃子が始まった。
ヨーイー、と言って鉦が打ち鳴らされる。
笛の音が響き、太鼓が加わる。
間近に聞く祇園囃子は、耳が痛くなるほど大音響だ。
「見てみ、ようけな人や」
男が怒鳴るような声で、遙に言う。
鉾から下を覗くと、通りがぎっしりと人で埋まっていて、皆小さい歩幅で徐行で歩いている。
お囃子を演奏し始めた鉾を、羨ましそうに仰ぎ見る者も大勢いる。
遙は少し誇らしくなる。
「あれ見たか」
「えっ…。なんですか」
男が鉾の屋根の軒下を指差している。そこに、うさぎの極彩色の彫刻があった。
「あっ、うさぎ。かわいい…」
「よう見てみ」
「ええ…。あっ、かわいくない。気持ち悪い」
うさぎの彫刻は、遠目で見ると白く彩色がしてあり、可愛かったが、よく見ると妙にリアルで、獰猛な獣のような顔をしているのだった。
「月にうさぎはつきものや」
「あ、なるほど…。月鉾だから」
「左甚五郎作や」
「うわっ、またですか」
「うむ。うさぎやら鯉やら鯛やら忙しいこっちゃ」
「猿です」
ぷぷっと後ろでまゆが笑った。
「うわあ、この柱」
遙がまた声を上げる。
柱には、精巧な金の彫刻が施されていた。
「うわあ、あの天井」
遙が天井を見上げて声を上げる。
「扇子が…」
天井には極彩色で扇面が散らし描きされているのだ。贅沢なほどの、屋根裏の装飾だ。
「うわあ、あそこにもうさぎ」
「いちいちうるさいやっちゃな」
「す、すみません」
汗をかいた遙は祇園祭うちわをぱたぱたと煽いだ。
「あの天井の横の屋根の裏、あれが応挙や」
男が指差した。
「あ、あの地味な草花ですか」
「うむ、多分」
「へえー」
遙は、応挙作という屋根裏の草花図をしばし見つめた。
「地味だけどバックは金貼りなんですね…」
「あれも純金かな」
「金箔なんやろ?」
安とまゆが語り合っている。
気がつくと、横にいたほかの見物人もいっせいに屋根の裏を注目している。
鉾上で記念撮影をしているカップルもいる。
大きな音で奏でられるお囃子の鉦の音が、気持ちいい。
祇園囃子が鳴っていると、鉾の下を歩く通行人の誰もが月鉾を注目して見ていて、それがまるで自分が注目を浴びているように嬉しい。
「巡行の時にはここに『於兔麻呂』が乗るんやね」
「さっき飾ったったな」
まゆと安が喋っている。
お囃子が止むと、急に寂しくなった。
囃子方が、ぞろぞろと鉾を降りてゆく。
それに連れて、先の見物客たちも降りて行った。
いつまでもこの鉾に乗っていたい。降りたくない、と遙は思っていた。
「疲れたか」
男が冷蔵庫から、良く冷えた牛乳を取りだして来た。
「あ…、そのう」
ふふんと言って男がソファの遙の横に腰掛ける。
「疲れたけど、すごかった…」
「そうか」
「あんなに沢山の人がいて…すごい熱気で…あんなの初めてです…」
「ふうむ」
「それからお囃子がすごかった…。あんなに大きい音がして…。澄んだ音色で…」
男がさりげなく遙の肩に手を回す。
「それから鉾も大きかった…。でもちょっと怖かった」
「そうか?」
「だ、だって、ギシギシ、ミシミシ言っているのにあんなに大勢の人が乗って…、倒れないかなと」
「倒れたいう話は聞かんな。鉾は釘を使わんと縄で縛ってるさかい」
「縄で…」
「木と木を縄で結わえて作ってるんや。そやしぐらぐら揺れよるけど倒れへん」
「へえー…。…すごいですね。あんなに大きくて、背が高いのに。みんな平気で乗ってるのにもびっくりした。それから、」
「おもろかったか」
「は、はい」
「そうか」
男は遙の頭をぽんと叩いて撫でた。
遙の頬が、興奮のために紅潮している。
小テーブルの上に置かれている祇園祭うちわと、キティちゃんのぬいぐるみと、月鉾のちまきを見ていると、今しがたの興奮がいっそうよみがえってくるのだ。
「ほな、風呂に入ってゆっくりせ。一緒に入るぞ」
「えっ」
「へへ、一緒に入ってお楽しみや」
男がさっと立ち上がって、シャツを脱ぎ始めた。
「そんな顔すな。楽しませたるがな」
部屋はクーラーがよく効いていて、男が遙を抱き締めていても暑くなかった。
男がしきりに遙を撫で回した。
男の指が、遙の尻の割れ目に到達する。
「あぁっ…」
触れられて、思わずへんな声を発する。
「やっぱりいやか」
「その気に全然なりません…」
「さしたる」
「あっ、でも…。すごく窄まっていて、そんな大きいの、入りません」
「お前ウンコするやろ。広がるように出来てんのや」
「ああっ」
遙は、出来うる限り抵抗した。
多分、夕方からの祭の興奮が大きすぎて気持ちがそぞろなのだ。
「どうしてもいやか。…ほな、お前だけでもイカせたろ」
そう言って、男は遙の股間に手を伸ばし、遙のそれを握り締めた。
「うわ…」
そして男は体をずらし、遙の胸から臍へと唇を這わせた。
さらに顔をずらし、唇が股間へと到達した。
「あっ、止めて下さい…そんな」
奇妙な感覚が全身を貫くと同時に、それが恥ずかしくて、遙は、体をくねらせながら男の行為を拒否した。
「もが」
遙は男の髪を引っ張って、男の顔を引き剥がした。
「なんや、イキたないんか」
「お、お兄さんは…、お兄さんは?」
「ワシのことはええ」
「し、しないんですか」
「…」
遙は、真っ赤になった。
「してもええのか」
男は、遙の頬とあごを片手で挟んで、自分の方を向かせた。
「お前の顔はちっこいな。ワシの手の中に全部入る」
男が手を広げて遙の顔を覆い、それから頬を撫でた。
「お兄さん、お兄さん」
遙は男に縋り付いた。
男は、遙の唇を深く貪った。
ベッドの肩に裸の上半身を凭れかけさせて、男が煙草を吸いながら、祇園祭うちわを動かしている。
遙が髪をいじったせいか、男の額に前髪がはらはらと落ちている。
遙は男の裸の姿をぼんやりと見つめていた。
「遙の体はほんまに敏感やな。すぐに色がつく。蚊に噛まれても跡が大きなるタイプや」
男が低い声で言い、遙は我に帰る。
「…ここは…?」
遙は自分の身体の一点を指差した。
「それはキスマークや」
男が笑う。
遙は、男の笑った顔をうっとりと見つめた。
「ここは…」
「そこもや」
「ここも…」
「もっとつけたろか」
男はふざけて遙をうちわで煽ぎ、遙は気持ち良さそうに目を閉じた。
抱きついて来た遙の体をいっそう引き寄せ、男はもう一方の手で遙の乳首をつついた。
「遙におっぱいがあったらな。言うことないのに」
「…お兄さんは、おっぱいが好きなんですか…」
「きらいなやつぁおらんやろ」
そう言って、男は遙の胸の肉を手のひらの中に掴んで引き寄せ、女のような胸を作ってみた。
「そんなに掴んだら痛い…」
「おっぱいがない代わりに、いらんもんがついてるな」
男が、さらに遙の股間に手を伸ばし、それを弄る。
「止めて下さい。大事なものなんだから」
「こんなちっこいのにか」
「…」
「あ。」
遙が半泣きになった。
「悪かった。今のは冗談や。な、遙のはちっこない。普通や。普通サイズや。冗談やがな」
男は上から覆い被さるように遙を抱き締めた。
「ほら機嫌直せ。ほらキティちゃん」
それから傍らにあったキティちゃんのぬいぐるみを取って、無理矢理遙に押し付けた。
遙はむっとして頬を脹らませた。
「僕は子供じゃありません」
「そうか? 子供やろ。全然子供や。頭は良うてもなんも知らん子供やんけ」
遙はぬいぐるみをいじりながら、男を見た。
「お兄さんは物知りですね…」
「そうか?」
「鉾のことや、歴史のことをあんなによく知ってる…」
「京都のもんやったら誰でも知ってる」
「そうなんですか」
「うむ。誰でもあれくらいのことは言う」
「京都の人ってすごいんですね」
少しお世辞を言ってみた。
「京都のDNAやな。京都のもんは誰でも持ってるんや。ははは」
「僕は、お兄さんの半分も知らない…。鉾のことも、もっと勉強して、歴史を辿ったらすごいんだろうなあ」
「お前はほんま勉強熱心やな。それだけは感心する」
「ぼ、僕の取り柄かなって、それだけは…って思ったり…」
「ええことや」
男は遙の頭を撫でた。
「明日は山鉾の巡行をここでかぶりつきで見られるぞ」
「えっ?」
「鉾は新町通りを南下して各町内へ帰って行く。このマンションの前をちょうど通るんや。御池から曲がってな」
「ほ、ほんとですか」
「今日見た鉾の動いてるとこが見られる」
「ええっ、すごい」
「朝9時に四条烏丸やさかい、ここら辺は昼前くらいかな」
「あの鉾の、人の乗る所って、2階くらいの高さですね」
「そや、ここからやったら見下ろす感じになるな」
「あの鉾、動くんですね…」
「アホ、当たり前や」
「あんな風に、提灯やお神酒が飾ってあって、あれが動くなんて思えないです…」
「ほな、明日よう見とけや」
「…」
遙は、あの巨大な建造物が賑々しく動き出すところを想像した。が、想像がつかなかった。
「お兄さんは毎年ここで巡行を見るんですか」
「このマンションを借りたのは今年からやさかい、ワシかて巡行を見るのははじめてや」
「えっ。…そうなんですか」
「始めから終いまでは見たことがない」
「…それじゃ、その、あの、女の人と、見たかったんじゃないですか」
「何が」
「あの、鉾の巡行を、ここならかぶりつきで見られるから、女の人と一緒に見たかったんじゃないかって…」
「女とはいつでもどこでも行ける。祇園祭かて毎年やってる。見よう思たらいつでも見られる。お前は滅多に見られへんやろ」
「い、いいんですか…。僕が見せてもらっても…」
「ここ借りたのは偶然なんや。別に山鉾を見たぁて借りたわけちゃうしな」
男が冷房の温度を低くし、タイマーをかけた。
「ああ、楽しみだ…。寝られないかも」
独り言のように呟いて、遙はキティちゃんを抱き締めた。