紺青の海2
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05/9/12
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アルバイトを変えようか、とも思ったがそれはやめた。
どういう具合でかは分からないが、きっとすぐにこの前のように男に嗅ぎつけられるだろう。
それならばどれだけアルバイトを変えてみても同じだ。
何故かは分からないが、男は遙に狙いを定め、遙をいたぶりにかかっている。
暇つぶしの面白い玩具でも見つけたつもりなのかもしれない。当分は、この玩具を手放す気はないのだ。
それであれば、遙がどこにいようが必ず見つけて彼を追い詰める。それは、男を余計に興奮させることだろう。
遙は運悪く、ひどい男に目をつけられ、獲物にされてしまった哀れな生贄なのだ。
生贄。でも何の。
これほど理不尽なことに対しては、出るべき所へ出て敢然と抗議するべきだ、と思う。
けれど、暴力の前ではそんな正義感も吹き飛んだ。
暴力といえる暴力はふるわれてはいなかったが、…それでも背後には暴力の影がある。
力で、有無を言わせぬように抑えつける。
無理矢理に従わせる。
力を誇示し、見せびらかすようにして、無理を力で押し通そうとする。
力に頼って人を威嚇し、ねじ伏せる。
そんな暴力の論理は許せない。
許せないはずなのに、その力の前にどうすることも出来ない。
悔しくて、唇を噛む。それが悔しくて、涙が出る。
朝、昼、学校にいる時は忘れておれたが、コンビニでアルバイトをしている時は、不意にあの男が入って来るのではと、気が気でないのだった。
店長に何か感づかれるのがいやで、気を張り続ける。
何も考えず働き、身体を動かし続けている方が楽かもしれなかった。
マンションに帰ると、どっと疲れが出た。
すでに初夏。季節は雨が降り始めていた。
一人になると不安でたまらなくなる。
ストーカー。
…。
警察に通報しようか。
我慢出来なくなれば、いずれそうしなくてはならないだろう。
恥を全部曝さなくてはならない。
が、この精神の苦痛からは逃れられるはずだ。
それだけを寄りどころに、小雨の夜を過ごす。
いずれは言う。きっと、通報してこの苦難から逃れられる…。
あの男のしたことは、許し難い非道なことなのだ。
遙に侮辱的な言葉を吐き、そのくせ手や指は巧みに遙を昂ぶらせ、身体には快楽を刻み込んだ。
男の愛撫は丁寧で巧みで、経験の浅い遙を翻弄した。
自涜するのとは比べ物にならないほどの激しい快感に我を忘れた。
まるで最初から遙の感じる部分を知り尽くしているようだった。
口の中を侵された時の電流が走るような快感。
乳房の脹らみもないのに平たい胸をまさぐり、時間をかけて丁寧に乳首を揉みしだいて感じさせ…
後ろの部分を解すように弄り、周りをなぞるように愛撫し…
そして遙の前を彼自身よりも巧みに扱いて快楽を紡ぎ出した手。…指が、自分の乳首と股間をいつの間にか捉えていた。
男にされたと同じように、もどかしく指を動かした。
パジャマを脱いで、全裸になった。
男にされたように足を開いて、男を受け入れるような姿勢になっていた。
遙の身体は桜色や…
男の声が、脳裏に蘇る。
合間に囁く男の低い声は、悪魔の声のようだった。
忘れられない。
遙は夢中で張り詰めた自分を扱き、熱く火照った身体から快楽を迸らせた。
***
「こんなんが好きなんか?」
と男が訊く。
「はい」
『斑鳩への道』『美と宗教の対話』『法隆寺建立』…
男に拉致される前、無理に本屋へ立ち寄ってもらい、買って来た。
ソファの上に置いた、ビニール袋に入れた本が袋からはみ出ている。
アルバイトが終る前くらいに携帯に連絡が入り、男はコンビニの店長に顔を見せることなく遙を連れ出した。
そんなところも、男は周到だった。その日も曇り空で、今にも雨が降り出しそうで、急いで食事をした。
「大学はどこや」
「…K大です」
「ええとこや。頭がええのやな」
遙は、いざなわれるままに男の横に、やや離れて座った。
男は、袋から出した本を眺めている。
「良くないです。…受験勉強の要領がよかっただけです」
「そやけどストレートやろ」
「…はい」
「将来は学者か」
「はい。…なりたいです」
面接か、尋問のように受け答えをする。
男に見られると、なぜか矢で射られたように硬直してしまう。
「あの、…子供の頃から歴史ものとか、読むのが好きで…。K大の、江波植男教授の本を読んで江波教授に憧れて…。教授の講義を絶対受けたいと思って、勉強してK大を受けて…」
必死で言葉を継ぐ。
「物好きやな。勉強しに大学か」
「そ、それが普通だと思います…」
「普通の奴は遊びに来るんや。親に金出させて、遊んで、大学出言う肩書きもろて。それでええとこに就職しよる。ええ気なもんや」
男は嘯く。
「…親には、学費は出してもらったけど、生活費は自分で…」
咄嗟に弁護を試みた。
「自分で稼いでるのか。それはえらいな」
「ぎりぎりですけど…」
男が身を乗り出し、遙を見つめる。
「遙、…もっと楽して、短い時間で稼げる仕事、あるぞ?」
男の鋭く見つめる目に曝されながら、遙は次の言葉を捜した。
「―楽して稼ごうと思いません」
「なに?…楽したないてか」
男が白け気味に問う。
「…楽して作ったお金で学校へ行っても。…それで勉強が身に着くとは思えない…です」
「変わった奴やな」
どさりと、男はソファの背にもたれた。
「遊ぶ時間がなくなるぞ」
「別に、遊びたくないから…」
「遊びたァないやと?」
無表情だった男の顔が少し強張った。
「あ、遊ぶの、好きじゃないから」
遙は焦って答えた。
「あの、遊ぶより調べものとか、研究とかする方がずっと…好きだし…」
「ほんまに変わったやつや」
男は本を傍らに置いて、遙を自分の側に寄せた。
「惜しいな。…おまえの頭より身体の方が値打ちやのに…」
男は含みを込めて言った。
どういう意味か、遙には分からなかった。
男は、ジーンズの上から遙の尻の双丘の深い部分に、指を伸ばす。
身体が思わず逃げようとするが、男に肩を抱かれ、指のされるままになった。
「ここは、ちょっとは慣れたんか」
「……」
俯いた頬が男の肩に当たり、まるで男に顔を埋めているような姿勢になる。
「まだ痛いか」
「い、今は…」
「今はどもないんか」
男が両手で遙を抱く。
身体を硬直させたままの遙を気にすることなく、男は遙の唇を吸った。