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紺青の海2

05/9/12

4

 

アルバイトを変えようか、とも思ったがそれはやめた。

どういう具合でかは分からないが、きっとすぐにこの前のように男に嗅ぎつけられるだろう。

それならばどれだけアルバイトを変えてみても同じだ。

何故かは分からないが、男は遙に狙いを定め、遙をいたぶりにかかっている。

暇つぶしの面白い玩具でも見つけたつもりなのかもしれない。当分は、この玩具を手放す気はないのだ。

それであれば、遙がどこにいようが必ず見つけて彼を追い詰める。それは、男を余計に興奮させることだろう。

遙は運悪く、ひどい男に目をつけられ、獲物にされてしまった哀れな生贄なのだ。

生贄。でも何の。

これほど理不尽なことに対しては、出るべき所へ出て敢然と抗議するべきだ、と思う。

けれど、暴力の前ではそんな正義感も吹き飛んだ。

暴力といえる暴力はふるわれてはいなかったが、…それでも背後には暴力の影がある。

力で、有無を言わせぬように抑えつける。

無理矢理に従わせる。

力を誇示し、見せびらかすようにして、無理を力で押し通そうとする。

力に頼って人を威嚇し、ねじ伏せる。

そんな暴力の論理は許せない。

許せないはずなのに、その力の前にどうすることも出来ない。

悔しくて、唇を噛む。それが悔しくて、涙が出る。

 

朝、昼、学校にいる時は忘れておれたが、コンビニでアルバイトをしている時は、不意にあの男が入って来るのではと、気が気でないのだった。

店長に何か感づかれるのがいやで、気を張り続ける。

何も考えず働き、身体を動かし続けている方が楽かもしれなかった。

マンションに帰ると、どっと疲れが出た。

すでに初夏。季節は雨が降り始めていた。

一人になると不安でたまらなくなる。

ストーカー。

…。

警察に通報しようか。

我慢出来なくなれば、いずれそうしなくてはならないだろう。

恥を全部曝さなくてはならない。

が、この精神の苦痛からは逃れられるはずだ。

それだけを寄りどころに、小雨の夜を過ごす。

いずれは言う。きっと、通報してこの苦難から逃れられる…。

あの男のしたことは、許し難い非道なことなのだ。

遙に侮辱的な言葉を吐き、そのくせ手や指は巧みに遙を昂ぶらせ、身体には快楽を刻み込んだ。

 

男の愛撫は丁寧で巧みで、経験の浅い遙を翻弄した。

自涜するのとは比べ物にならないほどの激しい快感に我を忘れた。

まるで最初から遙の感じる部分を知り尽くしているようだった。

口の中を侵された時の電流が走るような快感。

乳房の脹らみもないのに平たい胸をまさぐり、時間をかけて丁寧に乳首を揉みしだいて感じさせ…
後ろの部分を解すように弄り、周りをなぞるように愛撫し…
そして遙の前を彼自身よりも巧みに扱いて快楽を紡ぎ出した手。…

指が、自分の乳首と股間をいつの間にか捉えていた。

男にされたと同じように、もどかしく指を動かした。

パジャマを脱いで、全裸になった。

男にされたように足を開いて、男を受け入れるような姿勢になっていた。

遙の身体は桜色や…

男の声が、脳裏に蘇る。

合間に囁く男の低い声は、悪魔の声のようだった。

忘れられない。

遙は夢中で張り詰めた自分を扱き、熱く火照った身体から快楽を迸らせた。

 

***

 

「こんなんが好きなんか?」

と男が訊く。

「はい」

『斑鳩への道』『美と宗教の対話』『法隆寺建立』…

男に拉致される前、無理に本屋へ立ち寄ってもらい、買って来た。

ソファの上に置いた、ビニール袋に入れた本が袋からはみ出ている。

アルバイトが終る前くらいに携帯に連絡が入り、男はコンビニの店長に顔を見せることなく遙を連れ出した。
そんなところも、男は周到だった。

その日も曇り空で、今にも雨が降り出しそうで、急いで食事をした。

「大学はどこや」

「…K大です」

「ええとこや。頭がええのやな」

遙は、いざなわれるままに男の横に、やや離れて座った。

男は、袋から出した本を眺めている。

「良くないです。…受験勉強の要領がよかっただけです」

「そやけどストレートやろ」

「…はい」

「将来は学者か」

「はい。…なりたいです」

面接か、尋問のように受け答えをする。

男に見られると、なぜか矢で射られたように硬直してしまう。

「あの、…子供の頃から歴史ものとか、読むのが好きで…。K大の、江波植男教授の本を読んで江波教授に憧れて…。教授の講義を絶対受けたいと思って、勉強してK大を受けて…」

必死で言葉を継ぐ。

「物好きやな。勉強しに大学か」

「そ、それが普通だと思います…」

「普通の奴は遊びに来るんや。親に金出させて、遊んで、大学出言う肩書きもろて。それでええとこに就職しよる。ええ気なもんや」

男は嘯く。

「…親には、学費は出してもらったけど、生活費は自分で…」

咄嗟に弁護を試みた。

「自分で稼いでるのか。それはえらいな」

「ぎりぎりですけど…」

男が身を乗り出し、遙を見つめる。

「遙、…もっと楽して、短い時間で稼げる仕事、あるぞ?」

男の鋭く見つめる目に曝されながら、遙は次の言葉を捜した。

「―楽して稼ごうと思いません」

「なに?…楽したないてか」

男が白け気味に問う。

「…楽して作ったお金で学校へ行っても。…それで勉強が身に着くとは思えない…です」

「変わった奴やな」

どさりと、男はソファの背にもたれた。

「遊ぶ時間がなくなるぞ」

「別に、遊びたくないから…」

「遊びたァないやと?」

無表情だった男の顔が少し強張った。

「あ、遊ぶの、好きじゃないから」

遙は焦って答えた。

「あの、遊ぶより調べものとか、研究とかする方がずっと…好きだし…」

「ほんまに変わったやつや」

男は本を傍らに置いて、遙を自分の側に寄せた。

「惜しいな。…おまえの頭より身体の方が値打ちやのに…」

男は含みを込めて言った。

どういう意味か、遙には分からなかった。

 

男は、ジーンズの上から遙の尻の双丘の深い部分に、指を伸ばす。

身体が思わず逃げようとするが、男に肩を抱かれ、指のされるままになった。

「ここは、ちょっとは慣れたんか」

「……」

俯いた頬が男の肩に当たり、まるで男に顔を埋めているような姿勢になる。

「まだ痛いか」

「い、今は…」

「今はどもないんか」

男が両手で遙を抱く。

身体を硬直させたままの遙を気にすることなく、男は遙の唇を吸った。

 

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