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紺青の海2

10

05/11/30

 

男の家の正面は車を駐車しておくガレージで、その奥に入り口がある。

玄関を入ると左手に居間があり、玄関の続きに廊下を経て台所、洗面所、風呂が続く。

一般的な間取りで、家自体は新しいものの、どこと言って特別なものではなかった。

「別宅」のマンション同様、家具は少なく、ごみや汚れはなく清潔である。

男一人の所帯にしてはきれいだし、掃除が行き届いていた。

男は遙を居間へ誘い、自分は台所へ行って冷蔵庫の中の缶チューハイを取り出す。

「あっ、グ、グラスに入れますか…」

「気を使うな」

「あの、おつまみでも…」

「座っとれ。お前は酒は飲まへんのやな。ほな牛乳か」

「は、はい…」

否応無しに、牛乳を飲むことになる。

薄いグレーの、趣味の良いソファーに座った。

遙の前に男が牛乳の瓶を置く。

「…女の人に掃除をしてもらっているんですか」

きれいな部屋の様子に、女の気配が感じられた。

あのマリアという女か、それとも別の誰かなのか分からないが、ここをきれいにしているのだろうと思った。

男が遙の隣りに腰を下ろして、大きく足を組んだ。

「おまえは何を知りたいのや。根掘り葉掘りと」

「す、すみません」

びくりとする。

「女に掃除はさせへん。ここには来させへん。掃除は業者のおばはんにしてもろてる」

「…おばはんですか」

「家のことは全部おばはんにしてもらうんや」

「…」

「何や」

「女の人には来させないんですか…」

「そや」

「…一緒には住んでないんですか…」

男は、チューハイを飲みながらソファに背を凭せ掛ける。

「女がな、何人もおるんや。誰か一人をここへ入れたら、その女がワシの特別の女、いうことになってしまう。ワシは決まった女は作らへんのや。そやしここには女は呼ばん」

遙は牛乳瓶の牛乳を、とりあえず飲んだ。

「だ、大丈夫なんですか」

「何のことや」

「業者のおばさんに家を任せてしまって、やばくないんですか」

「お前はワシの家に何があると思てんね、何もないわい。金かて置いてへん。おばはんはよう分かっとるさかいな。おばはんを頼んだんは、若い女やと危ないからや。ワシに取り入って甘い汁吸おうとする女が多いさかい。
まあおばはんかて女やさかい分からんけどな。いっぺん抱いたろか、言うたら逃げよったけど」

遙は牛乳を零しそうになった。

「おばさんにそんなこと言うんですか」

「ワシは何でもありやしな。守備範囲が広いんや」

男はそう言って、にやりとする。

「女やったら60くらいまではいけるな。今時の女は結構若いさかい、もうちょっと上のばあさんでもいけるかもしれん」

口に入れた牛乳を、噴き出しそうになった。

「すごいですね」

「博愛主義や」

まるで自慢するように言う。

「あ、あのう。…鶏と…その、姦った時は、病気を移されなかったんですか」

「何やて」

男が、がばと身を起した。

「鶏です」

「鶏が何やて」

「あのう。だから…。前にお兄さんが言われた…。あの、…最初の時に」

「ワシが何を言うたて」

「だから、鶏とか、豚ともやったことがある、って…。あの…」

男がすごい眼で遙を睨んだ。

「お前はほんまにアホか。あれは仮定の話や。姦ることも出来る、いう話や。誰が鶏とやるか」

「あっ。…す、すみません。そうですよね。ああ、…」

大失敗をしてしまった。男を怒らせた。

遙は額に脂汗をかいた。

「ワシは女に不自由してへんぞ。何が悲しぃて鶏をやらなあかんね」

「そ、そうですね。そうです。…」

「お前、もしかして信じてたんか。ほんまにワシが鶏をやったと思てたんか」

「すみません、すみません。…思ってないです」

遙は必死でブンブンと首を振った。

「お前はワシを何やと思てんね」

「コ、コロンブスが、コロンブスが…」

コロンブスが大航海に出発した時、長い航海で欲求不満に陥った乗組員たちが、食料として乗せられていた鶏を鶏姦した。
それが原因で西洋に梅毒が広まったという話がある。

「お前はな、すぐそうややこしいことを言うて煙に巻くやろ。承知せんぞ」

男の剣幕に怯えて、遙はソファの上に身を縮めた。

男は遙の身を解そうとして遙の手を引っ張るが、遙は頑なに顔を手で隠して、身をちぢこめている。

「泣き真似してもあかん」

「お、お兄さん…」

遙は、何とか取り繕おうと必死になって、頭を巡らせた。

「お、女の人に不自由していないのに、なぜ僕にこんなにかまけるんですか」

「何を」

男は遙から手を離した。

「お前をいたぶるのがおもろいさかいに決まってるやろ。お前みたいにいたぶりがいのある奴はそうおらん」

「お兄さん…」

遙は本当に涙目になる。

「…お兄さんは意地悪です…」

「そらそや。京都のもんや、イケズやぞ」

 

***

 

遙には分かっているのだ。

男の皮肉な口ぶりや、切り返しの早さや、話の内容から、男が決して馬鹿ではない、むしろ頭の切れる男だと思っている。

だが、どんな仕事をしているのか分からないが、いつも暇そうにしている。そして見るからにそれっぽい振舞いや、態度。危険であることは確かだ。

だから、出来るだけ男のことを知りたい。知っておきたい。知れば、少しでも有利になるかもしれないから。

男の秘密を、話をしている端々にでももしかしたら嗅ぎ取れるかもしれない。

そう思って遙は必死に、男との会話を繋ごうとするのだ。

知りたいことがいっぱいある。

男の仕事、暮らし、そして、女…。

 

「酒飲んだらどや、ちょっと」

男が自分の飲みさしの缶を差し出した。

「あの。…いや、」

遙の心に、散りぢりした思いが浮かぶ。

遙は酒に弱いので、少し飲むだけで顔ばかりか体まで赤くなるらしいのだ。

それを男は知っている。

知っていて、それを見ようと、見て楽しもうと思っているのでは、或いは…

「飲めへん言うたら済む思て」

「…そんなこと、思ってません…」

すると男は自分で缶に残ったチューハイを飲み、遙をぐいと引き寄せた。

いきなり遙の唇を貪り、こじ開けて、そこに自分の口から酒を注ぎ込んだ。

「うぷ。…うぷ」

突然口移しで酒を注がれ、そして唇を塞がれて、生暖かいそれを飲み込むしかなかった。

「げほげほ」

むせる遙を男が面白そうに見ている。

こんな戯れを、今の今まで遙はまったく知らなかった。これは愛戯のひとつなのだと察した。

飲み込んだのは僅かな分量なのに、無性に熱いと感じる。

「マリアの代わりをする言うたやろ」

「え…」

「してもらうぞ」

「…」

今更、拒絶は出来ない。男はそのつもりだし、遙だってそのつもりだったのだ。
もう、覚悟は出来ている。
心構えも出来ている。
だいぶ慣れて来たから、肉体的な苦痛も、心の苦しみも、少ないはずだ。

「ほなマリアの代わりに脱げ」

「…。?」

男は、意地悪そうな笑みを浮かべて、遙を見た。

「マリアみたいに、ストリップせえ」

「…は?」

あまりに唐突で、遙は呆然とした。そして慌てた。

「…ストリップって…。女の人がするものでしょう…」

「マリアを見そこねたんやから、責任とってお前がワシの前でやれ」

「で、でも。…僕は踊れません」

「踊れんでもええ。ゆっくり脱いでいったらええのや」

「…そ、そんな。…男のストリップを見ても、…面白くないと思います…」

「面白いか面白ないか見てみな分からんやろ」

それはそうだが、見なくても面白くないことは明らかだと思う。踊れないのだから。満足に踊れもせず、男がただ脱ぐだけなら興ざめなはずだ。

けれども男にとって、踊れるか踊れないかよりも、遙にそれを強制して、遙を辱め、いたぶることが目的なのだろう。

遙をいたぶって、面白がることが出来れば何でもいいのだ。
遙が狼狽し、困り果て、途方にくれている処を見ることが出来れば満足なのだ。

男を、満足させなければならない。遙は男の嗜虐を満たさなければならないのだ。

 

「その机に腰掛けろ」

ソファの前の、低いテーブルを指して、男が命じる。

チューハイの缶と、牛乳瓶を床下に置き、テーブルを空にして、その上に遙は腰を下した。

「そこに仰向けに寝てみ」

男に言われたとおりに仰向いて、テーブルに上半身を横たえた。

足先がテーブルからはみ出る。

「足を曲げて、机に乗せろ」

遙は膝を折り曲げ、テーブルの上に足の先を置いた。窮屈な姿勢だった。

「シャツを脱げ。ゆっくり」

男は遙に命令を続ける。

自分の言うとおりの動作を遙にさせるつもりらしかった。

Tシャツの上にジャケット代わりに着ていた綿シャツを、ゆっくりと捲る。

そして背中を心持ち浮かせて、左袖から脱いでゆく。次に右肩を上げて、右腕からシャツを外す。

脱いだシャツを、床に落した。

「Tシャツを捲れ」

男が再び命令した。

言われるとおりに遙はTシャツに手をかけ、ジーンズからたくし上げ、ゆっくりと胸の上まで捲り上げた。

平たい胸と、乳首が露わになる。

これはゲームなのだ、と遙は思った。

男が遙に仕掛けたゲーム。だが勝ち目のないゲームだ。音を上げれば負け。

嫌がれば嫌がるほど、相手は喜ぶ。絶対不利なゲームだ。

「Gパンのボタンとチャックを外せ」

目を閉じていても、視線を感じる。

男の視線に曝されながら、言われたとおりにした。

「ゆっくり脱げ」

狭いテーブルに仰向けに寝ているから、急いで脱ぐことは出来ない。

言われるままにゆっくりとテーブルから腰を心持ち上げ、ジーンズをずらすしかない。

再びテーブルに腰を落して、ジーンズを足から外す。

ジーンズを脱げば、捲り上げたTシャツと下着という姿になってしまう。

とてつもなく恥ずかしい。

男同士なのだから、意識しなければどうということはないのだと言い聞かせようとするが、そう思えば思うほど、恥ずかしさが増す。

これくらいでめげていてはどうしようもない。

…これから、もっと恥ずかしいことをさせられるのだ。

そう思っただけで、遙の身体はかっと熱くなり、それを男に悟られないかと狼狽するのだった。

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