その日、が昇降口へ向かうと、そこに立っていたのは明智ではなく剣持だった。
教室から一緒にここまで来た友人数名と別れを告げ、正門を眺めていてに気づいていない剣持の肩を、二回ほど叩くとはっとして振り返った。
「こんにちは」
「おお、。行くか」
「今日は剣持さんなんですね」
「ああ…まあ色々と後処理がな」
剣持は気まずそうに目をそらした。
高遠が金田一に送った招待状。
金田一は高遠の指示に従って、事件の舞台となる洋館へ赴き、そこで何人かの死に対峙したという。
金田一を一人では行かせられないと考え、果敢にも行動を共にした美雪から、事件について簡単に聞いていた。
高遠を捕まえられなかったことも。
最後は明智も含め多数の警官で攻め入ったが、結局最後まで高遠は姿を現さなかったらしい。
現場で忙しなく事件の処理に追われている明智を想像した。
洋館は関東近郊だと言っていたから、もしかしたら明日も明後日も、明智の代わりに剣持が迎えに来ることになるのかもしれない。
明智の体調を気遣う気持ちはもちろん、しばらく会えなくなるのを寂しく感じている自分がいて、はそんなことを考える自分勝手さが嫌になり、その感情を心の奥に押しやった。
いつも通り、教職員用の駐車場へ行くと、明智の車とそう変わらない車が停めてあった。
警察の所持している車は大体この形が多いのだろうかと見当をつけながら、助手席に乗り込む。
車は音も立てずにエンジンを動かし、そのまま静かに発進した。
「学校はどうだ?」
「えっと、特に問題ありません」
「特別扱いされてるからって僻む、嫌な奴もいるだろ」
「いえ、みんな心配してくれてます」
「そうか」
は運転する剣持の横顔をちらりと伺って、声を漏らして笑った。
「なんだ?」
「剣持さんってお父さんみたいだなあって」
「やめてくれ。普段忘れてる自分の年齢を思い出すと、老けたなって落ち込む」
「剣持さんは老けてないですよ。かっこいいです」
「はは、サンキューな」
信号で車が停まって、今度は剣持が隣のに目をやった。
は外の景色を眺めている。
両親のいないの家庭事情を多少は知っているため、彼女がさっきの言葉をどんな気持ちで言ったのだろうと剣持は柄にもなく思案していた。
車が再び動き出して少ししたところで、前方に取り付けてある無線機が突然ノイズ音を発し、初めてのことに驚いては肩を揺らした。
「なんだ?」
剣持は進行方向からは目を逸らさないまま音量を調節し、無線に耳を傾ける。
ザーと激しいノイズが続いたあとに、ようやく男の声が聞こえた。
『緊急連絡。一部の警察車両に、爆弾を仕掛けたとの声明が届きました。
現在未だ安全確認がとれていないのは、捜査一課江藤警部、剣持警部、石井警部補、捜査二課…』
「何だと?!」
自分の名前が呼ばれたことに驚いて、思わず声を上げる。
も急に心臓が引っ張られるような緊張を覚えた。
名前が読み上げられた後に、それぞれがどの辺りを走っているのかが発表され、
GPSを使用しているのか、ほぼ正確な位置が無線から伝えられた。
『爆弾は時限式とのこと、直ちに下車し、車から離れてください。近くにいる者は緊急配備についてください』
「くそ!」
剣持の額には汗が浮かんでいる。
ウィンカーを出して、車の速度を落としている間に、はサイドミラーに映った白い煙を見た。
「剣持さん!後ろから煙が!」
「!降りて出来るだけ車から離れろ!」
答える暇もなく、はシートベルトを外して車から降りる。
そのとき、風に乗ってきた煙が顔に当たって、勢いよく吸い込んでしまい、咳き込みながら車から離れた。
通行人も異常を察知したようで、遠巻きにと車を見ていた。
「爆弾だ!車から離れろ!」
剣持は叫びながら、両腕を振り上げ、後続の車を停止させている。
はようやく咳が止まり、涙の浮かぶ目で先程自分が乗っていた車を見た。
相変わらず白い煙が出ている。
よく目を凝らしてみると、その煙は車体の下から出ているらしく、その出処は明るく光っていた。
火が出ているが、まだ爆発はしていない。
その理由をが考えていると、背後に誰かが立った。
違和感を察知して振り返ろうとしたに伸びた手が、彼女の口と体を拘束し、誰もが爆弾の仕掛けられた車両に目を奪われているうちに、路地裏に連れ去った。
口を塞いでいた手はすぐに解放された。
その代わり、ナイフが頬に当てられる。
後ろから伸びてきたその手は白く、指先は細い。
そのまま腕を辿って目線を上げていくと、顔を確認する前に背後から声が届く。
「騒がないでください。黙ってついてくるように」
高遠だ。
そう思ったときには拘束が解かれ、腕だけをとって走らされていた。
高遠は変装すらしていない。さっきの爆弾騒ぎも彼のせいかと眉を寄せる。
剣持さん、と後ろを向いて叫ぼうとしたが、高遠の右手にはナイフが握られていた。
高遠と自分は場数が違う。
急に起きた事態に対応できなければ、殺されるかもしれない。
明智との会話を思い出し、はぐっと手に力を込めた。
明智や剣持のように強くもなく、金田一のように頭が切れるわけでもない。
今はただ黙ってついていくことが、最善の策なのだと信じるしかない。
さっきとは違う理由で涙が出そうになった目を、強く瞑って泣くのを堪える。
明智さん。
そう何度も心の中で叫んだのは、助けを求めたかったからだけではない。
また迷惑をかけてしまうことへの謝罪。
そして、これから何が起こるのか予測できない恐怖に、打ち勝つためだった。
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帰るべき水底 7
17/1/3
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