Gift





彼の存在は私にとって大きすぎた。

好き、嫌いの問題ではなく、彼は私の生活の一部とさえ感じる。




出逢いは突然訪れた。広大な砂漠から見つけた一粒の砂とも言える彼との出逢い。

たまたま通り過ぎようとした花屋に、たまたま入り、たまたま彼に出会ってしまっただけ。そして私はそこで働くようになった。

彼は花屋の店員にはそぐわない人間だった。冷徹な瞳には花しか見えていない。黒いエプロンに洗いたての白いシャツ。そこから覗く腕は白くて細かった。

普通、花屋の店員といえば、さわやかな笑顔が似合う人間を想像する。

しかし、彼は違った。彼の後ろにあるものは闇。

そう。闇だけなのに、黒百合のような彼に、私は惹かれ始めた。






「光。外の蘭に水をやったか?」

「あげたけど?なんで?」

と、私が言ったと同時に、夜の口から溜息がこぼれた。

真っ黒の髪の毛をかきあげながらベランダに通じる窓を開く。ベランダには様々な花が自由に育っており、光と夜が手入れしている。光は全く花の育て方についての知識がないので、夜に教えてもらうばかりなのだが。

「冬はただでさえ寒いから20℃くらいのお湯をやるようにって、前にも言っただろう?全く・・・。」

この毒舌にも大分慣れてきた気がする。最初は戸惑う事が多かったが、日々を共有する時間が増えるにつれて辛い口調の中に優しさが含まれていることが分かってきた。

私たちが出会って3ヶ月が過ぎると一緒に暮らし始めた。付き合っているわけではない。好きと言ったことも言われた事もない。

私が勝手に居座ってるだけである。

初めて、夜のマンションにやって来たのは一ヶ月前だった。

たくさんの花を育てている事を知り、自ら夜のマンションに行きたいと言った。答えはYes

正直、嬉しかった。夜の前では冷静なフリをしていたが、胸中ではやはり幸せだった。

それから何度となく夜のマンションに足を運んだ。2ヶ月が過ぎた頃、夜が合鍵をくれた。『いつでも来い。』と言って。

一歩ずつ夜に近づいていくように思えた。





「今日の晩飯、俺が作るから。」

そう言って夜は鍵を持って外へ出て行った。窓を見ると、まだ日が高く、私も出かけようと、腰を上げた。行き先はすぐに決まる。元カレであり、友達でもある陽介の所へ。

ここから歩いて10分の距離だ。

私は陽介と付き合っていた。友達から始まった来いなので、上手くはいかないだろうとは思っていた。案の定、すぐに別れた。

良い別れ方をしたと思う。だから今でも男友達という間柄だ。

ドアの前まで来ると、いつものようにノックを3回する。そして、ドアが開くと人なつっこい笑顔が出迎えてくれる。

その笑顔が好きで付き合ったのかもしれない。

「光、久しぶり。最近顔見ないから、男でも出来たかと…。」

「男じゃないよ。私が居候してるだけ。」

入れと言われてもいないのに、づかづかと陽介の部屋へと入って行く。いつもの事なので、あえて陽介は何も言わなかった。

「それは男じゃないのか?」

ドアを閉めて、居間のソファへなんのためらいもなく寝転がる。




お気に入りのクッションは、色あせており、かすかにコーヒーの匂いがする。多分陽介がこぼした跡。

ぐるっと部屋を見回しても何も変わってはいなかった。

半年前に別れた陽介の姿も変わっていない。

「別になんたっていいじゃないの。陽介には関係ないでしょ?」

口調がきつくなっている事に気づき、クッションに顔をうずめる。

「まぁ、そうだけど。」

気にする様子はかけらもなく、陽介はジッポーでタバコに火をつける。

紫煙をくゆらせ、目の前だけを見据えるのは陽介のくせ。

久しくこのにおいを忘れていた。

黙ったまま、私がソファで寝そべっていると、陽介が口を開いた。

「お前、そんな生っちろい脚、出してて良いのか?」

突然、何を言い出すのかと胸中で毒づき、身体を丸める。

「何?したいの?欲求不満?オッサン。」

「いつから俺にそんな暴言を吐くようになったかな、光は。昔はしおらしくてイイコだったのに。」

ののしりたい気持ちを精一杯抑えて、低い声で言う。

「昔の私と、今の私を同じにしないで。」





気分を害したので、陽介の家を去った。陽介は笑顔で

「またおいで。」

と、言った。

好きだった。今も陽介の事は好きだ。しかし、以前の恋愛感情の「好き」ではなく、友情の「好き」の事だ。

付き合っていた時意の感情でさえ、友情だったかもしれない。

それに対して、夜は、恋愛感情なのか友情なのか、好きか嫌いかすらもわからない。

ただ一つわかる事がある。

彼が消滅すると、私は成立しない。















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