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35 Desktop conqueror


 毎日が淡々と進行しているが、病状が良くなっているか悪くなっているか、自分では分からない。
 健康だったときの状態を綺麗さっぱり忘れてしまったものだから分かろう筈が無い。
 
 毎日毎日、この身に流される修復プログラムは、私を眠たくさせる。
 ささくれ立った神経の鱗をひとつひとつ撫で付けている大きな手のイメージが頭に浮かぶ。
 滑らかに整えられた金属の鱗の波は、ゆるやかにうねり、ぬめりを帯びて輝くのだ。
 
 
 
 私はとても小さいので、ドクターのデスクの上で療養生活を送っている。
 治療を行うとき、ドクターは自身の体を小さく変えて、自らもデスクの上に乗り、私と向き合う。
 それでも私より優に一回りは大きい。
 そしてドクターは施術が終わればまた大きくなって、部屋を出て行く。
 
 この部屋で目が醒めたときからずっと、ドクター以外のトランスフォーマーを見ていない。
 私も大きくなってあのドアをくぐれば、誰かに会うだろうか?
 
 
 
 治療をするにも、ドクターが小さくなるのではなく、私を大きく変えてもいいだろうに。
 ドクターに尋ねると首を横に振る。
 あんたのオルタナティブ・モードで分かるとおり、あんたは元々その大きさなんだ。
 無理に回路を引き延ばして拡大しては、今のあんたの体には良くない。
 そう言ったあとドクターは目を伏せて、じっと黙りこくる。
 
 何を考えている!
 私の問いは彼をぎくりとさせたようだ。
 どこかの歯車が引っ掛かったような医師の態度に私は立腹している。
 しかし彼がテーブルから下りて歩き去ってしまうのを、どうすることもできない。
 彼が何を考えているか?
 おそらく私の発症前の姿を思い出しているのだろう。
 
 自分の病状がどのように悪いのか、自分では分からない。
 発症前の自分の状態は、現在のものとどれほど大きな隔たりがあったのだろうか。
 
 
 
 私は部屋から一歩も外へ出られない。
 ここは他のサイバトロンから隔離されている。感染の危険性があるためだという。
 「感染? ワクチンは無いのか。毎日投与されているプログラムは、あれはなんなんだ」
 「あれはワクチンではないし、ワクチンは存在しない。あんたから罹る『熱病』は、他のもっと激烈な『熱病』にでも罹らない限り、ずっと続くだろうね」
 「では、熱でウィルスを破壊できるのか? やってくれ、耐えてみせる」
 「いや、ものの例えだよ。それに、あんたが治療中の病気と、あんたが伝染すかもしれない病気は、全く別の病気でね」
 「ではドクターは何故、ワクチンもない恐ろしい感染症のキャリアである私と、平気で長時間一緒に過ごしているのだ」
 
 ドクターは俯いて、その胸のパネルを操作し、何事かを記録する。
 「だんだん頭の中がスッキリしてきたようだね。論理回路がスムーズに回転している」
 
 私は両手の拳で自分の膝を、どん、と殴り付ける。
 この男は、私の話を「患者の話」としか見ていない!
 「話にならん! お前は私を何だと思っておるのか!」
 もう一度腕を振り上げると、ドクターの大きな掌が右と左と一つずつ、私の拳を包み込んでしまった。
 
 「続けて、メガトロン」
 ドクターが優しく語り掛けてくる。
 「あんたはあんたを『何』だと思っている? 私に話してごらん」
 
 私は答えられない。
 私は私が何であるのかが分からない。
 
 
 
 やけに頭が痛むと思ったら、私はデスクから落ちて、床の上に仰向けに転がっていた。
 診療中ではなかったので大きい姿のままのドクターが、はるか上方から私を見下ろしている。
 「大丈夫か?」
 頭を打ったようだ。
 そうだ、眠っていたのだ。
 「私は……」
 「無理に起き上がらない方がいい」
 「私は空を」
 「空を飛んだのかい? ハハハ」
 ドクターが笑う。
 寝呆けてベッドから転がり落ちたことを、私が冗談めかして話すことができたのだと思っているのだろう。
 
 そうではない。
 私は私の空を飛んだのだ。
 眠っている間は何かを思い出しているような気配がある。
 
 ドクターは笑っていながら、慎重な手つきで私を扱う。
 私をベッドに横たえ、手早く脳波をチェックした。
 「眠りが浅いのかな」
 よく眠れるように、新しいプログラムを試そうか。
 「それには及ばん。寝呆けても落っこちないように、ベッドに柵を付ければ良かろう」
 そうだ、柵は、自分で作ることにしよう。
 「この部屋は退屈でかなわん。作業療法がてらに、居住区を作らせてくれ」
 
 
 
 ラチェットのデスクの上いっぱいに、メガトロンの「城砦」が築かれていた。
 筆記具や記録媒体、文鎮や延長コード、何かの空き箱、誰かの半端な部品。クリップ。バインダー。マグカップ。
 いくつもの塔は天井を差して尖り、暗い窓はラチェットを睨み付けている。
 
 「話には聞いとったが、こりゃたまげたね。素晴らしい、と言っちゃなんだが」
 ホイルジャックが窓から内部を覗き込む。
 「これを、自分の内蔵コンピュータだけで計算してこしらえたのか」
 「時々手伝わされましたがね。主に力仕事を」
 ラチェットは背中を丸めて、城主がいつも立っていた小さな見張り台を下から見上げてみた。
 
 コンボイが警戒するメガトロンの「熱病」は、確かに、恐ろしい感染力を持っているかもしれない。
 だが私は、「別の熱病」に罹っているから平気だよ。
 ラチェットは穏やかに微笑んで、城砦をばらばらに、元の文房具類へとほぐしていった。
 
 
   終

2009/07/11
 小っちゃいメガトロン萌え! っていう話です。
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