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01 Heal the heels 悪役は意味もなく治りながら登場する


 「叡智の光よ、闇を照らしてくれ……!」
 危機は去った。
 
 「うーむ、宇宙ペストが治ったぞ。コンボイ、いや、コンボイ司令官、敬意くらいは(ひょう)しておこうか」
 新破壊大帝ガルバトロンは、やけにすっきりした表情で、コンボイと握手を交わした。
 
 事件が落着し、デストロン軍団は惑星ジャールに落ち着き、現在、互いのリペアに余念がない。余念どころか、息つく暇もない。駆けずり回るのに疲れ果てた航空参謀サイクロナスは、玉座の(そば)に立ち侍り、だらだらと喋り続けていた。
 が、彼は大帝の傾聴を期待していない。聞く耳なんてありはしないのだ。大帝に必要なのは、気が向いた時に掴んだり引っ張ったりする耳であり、それならサイクロナスが立派なものを生やしている。
 その便利な長い耳を振り立てながら、参謀が本当に大帝へ浴びせ聞かせたいのは、諫言どころか、愚痴や小言である。だが無論、言いたいことは言えない。だから彼は、言葉を吐き出したい欲求だけを満たすことにして、内容を(あるじ)へおもねる言葉にすり替え、ただ口を動かし続ける。
 「今回の事件は、コンボイ独りによる解決ではありませんでした。大帝様におかれましても非常に重要な役割を……」
 「何がだ、サイクロナス」
 「私はあなたを罹患させようなどと、何とも良からぬ考えでしたが、その機会を窺っておりましたために、つぶさに見聞きしておりました。あなたはコンボイと手を組むという英断を決行し、あまつさえ、御自ら、合金の運搬にまでもお手を煩わせアソバシて……」
 「ああ分かった分かった馬鹿。煩いぞ」
 「はっ」
 反射的に身を固くする。胸倉を掴まれるか、いきなり殴られるか……
 ところがガルバトロンは、口と舌だけを動かした。
 「あれ以上、お前ら馬鹿どもに無駄なドンパチを続けさせるほど、儂が我慢強いわけがなかろう。まったく、ばかすかエネルギーを消耗しおって。サイクロナス、全軍のリペアは進んでおるのか。報告しろ」
 「只今。調査をスカージに命じます」
 
 サイクロナスは彼の右腕である、ガルバトロン親衛隊長スカージを探す。基地は、いや、この小さな星は、リペアする者される者がどちらがどちらともつかない様相で、混乱を極めている。
 「こりゃ埒が明かんな」
 舌打ち。手近にぼーっと突っ立っていたデストロンの肩を掴む。
 「おいこら、お前、誰だ。オクトーンか。何だかおかしな姿だな。スカージを見なかったか」
 「さてねえ。そんなことより、みんなのパーツが足りねえんだよ。仕入先に心当たりがあるのに輸送に出られない。ほれこの通り、俺の翼が折れちまった」
 「ああ、そうか、翼がないのか。羽根を取ったら油虫だな」
 サイクロナスはオクトーンの無様な姿を笑った。
 「うるせえよ。なあ、アストロトレインはどこだ。奴に頼もうと思う」
 「さあな。まるきり分からない。そもそもお前がお前だというのに気づくのにさえ苦労したんだ」
 
 結局親衛隊が見つからない。サイクロナスはガルバトロンの元に戻る。
 「恐れながら、報告します」
 「スカージはどうした」
 「リペアに奔走しておりまして。それでそのう、作業は」
 「はかばかしくないようだな」
 ガルバトロンは泉水の前に据えた玉座に脚を組んで腰掛け、酸の噴水が飛沫(しぶき)を上げて循環する様子にじっと見入った。
 またこれか、とサイクロナスは溜め息を()く。
 ガルバトロンは先のユニクロン戦争後の溶岩風呂以来、風呂や池が気に入ったようで、何を思うのか、液体の動きを何時間も何時間も凝視し続けることがある。邪魔をすると機嫌を損ねること甚だしく、手がつけられない。理解できない反応であり、サイクロナスをひどく不安にさせるのだった。理由もなく撃たれたり殴られたりする方がまだましだとまで思う。
 しかし、沈黙は呆気なく終わった。
 「サイクロナス。さっきから見ておったが、滅茶苦茶ではないか」
 「は?」
 「は、じゃない。分からんのか馬鹿。お前ら能率という言葉を知らんのか」
 そうではない。サイクロナスが聞き返したのは、彼の(あるじ)がトリップからあっさり抜け出したことが、俄かには信じられなかったからだ。
 いや、そもそもトリップに陥ってはいなかった。流動体の忌々しい眩惑に、今のガルバトロンは、興味がないように見えた。
 大帝は話を続ける。
 「傷が癒えんうちに作業させおってまた悪化。鼬ごっこが楽しいのか?」
 「いえ、そのなにぶん作業量がおそろしく多く……」
 「サイクロナス!」
 怒号。
 「はいっ!」
 「お前はいつから言い訳でお前の無能、怠慢を埋めるようになったのだ。連中を早く休ませてやれと儂の口から言ってやらんと動かんのか。リペアの計画を立てろ。誰を優先するかは作業の効率に従え。取り敢えずビルドロン部隊が動けるようになればお前の仕事が楽になる筈だ。あとは自分で考えろ馬鹿。良いな」
 「はっ!」
 サイクロナスにはガルバトロンの言葉が、一つ一つ、我が耳に染み通っていくように思われた。
 
 そして参謀はすぐにその場を離れた。一刻も早く、仕事に取りかかろうと思った。
 しかし震える。指が震えている。それを意識すると、次は膝までがくがくとわななき始める。どこか故障したのか?
 いや、そうではない。そうではないのだ。
 高揚しているのだ。喜び。武者震い。眩暈がするほど。
 マトリクスの光を浴びた時、すがすがしい何かに満たされたように感じていたのだが、それは、この喜びを、予感していたのだろうか?
 ガルバトロンの精神機能の恢復を予感していたのだろうか?
 航空参謀は、滅多矢鱈とそこら中を猛スピードで飛び回った。
 
 「何やってんだ、サイクロナスは」空を見上げてスカージが呆れる。「どこがおかしくなったんだ? おーい、回路を見せてくださいよ!」
 「スカージ! スカージ!」急降下。
 「わっ、なに、どうした」
 サイクロナスはスカージの両手を取ってぶんぶん上下に振り回す。
 「俺はやるぞ! 仕事だ! 働くんだ!」
 「はあ。たいしたやる気だね」
 「ぼさっとしてる暇はないぞ。デストロン軍団の再生だ」
 「ええ、今、リペアの真っ最中」
 「復元ではない。発展だ。栄光だ。そして俺の(しん)の戦場だ!」
 「言ってることがよく分からんのですが」やれやれこんな上司ばっかりか。じっと手を見る。「あっ?」
 自分の手を握り締める上司の手の指先に輝くもの。
 「何だ」
 「いや、こりゃ綺麗になって。爪のパーツを交換しましたか?」
 「何? 俺は何もしとらんぞ」
 スカージの爪は、長く鋭く尖っているのが自慢である。一方、サイクロナスのこれまでの爪は、ところどころ錆びたように変色していて、すぐにぼろぼろと欠け、たまに根元から割れては持ち主を煩わせていたものだった。ところが今ではどうだ。油を塗ったようにピカピカとメタリックに輝き、張りのある優雅な楕円を(えが)き、指先をまめまめしく装甲している。
 「俺の爪かこれは? これは、そうか、治ったのか」
 「治った?」
 「治ったんだ。水虫が」
 「げっ。あんた水虫だったんですか」
 「こんなに綺麗に治るものとは。信じられん。だがきっとマトリクスのせいだな」
 「マトリクスが? 宇宙ペストだけじゃなくて宇宙水虫も?」
 「実は、ガルバトロン様の、あの、……しつこい、……病気も、治ったんだ」
 「えっ? それは、……、ええっ?」
 スカージは、ええっ、と呟きながら、その場でうろうろと足踏みを始めた。ええっ、ええっ、と何度もイントネーションを変えて繰り返し、ぜいぜいと胸を震わせた。
 再び空を見上げれば、霞のような塵がだんだらに立ち込め、その隙間を縫って射す星々の光線と地上のリペア作業の火花が入り混じり、乱反射、霞をとりどりに着色していた。空の光の一色一色がスカージの見開いた目に飛び込む。未来の輝きはかくや。彼の目が眩む。
 サイクロナスが宥めるようにスカージの肩を叩いてやる。
 「スカージ、傷はどうだ」
 「は、俺の修理は済みました」
 「では仕事にかかるぞ。で、お前は何が治った?」
 「傷ですか?」
 「違うよ。何か、しつこくて治らなかった病気かなんかが、すかっと治ったんじゃないのか」
 「マトリクス効果?」
 「そうマトリクス効果」
 「言われてみれば、乱視が良くなったような」
 「お前、目が悪かったのか」
 「なんかいつもと景色が違って、すがすがしいなーとは思ってたんですよ」
 「射撃の腕も上がるだろう」
 二人は腹の底から湧いてくるニヤニヤ笑いに顔を好きにさせて、互いに拳と拳をぶつけてその金属の響きを楽しんだ。
 
 
   つづく

2006/09/21
文章修正2009/04/03
 スカージは元サンダークラッカー、サイクロナスは元スカイワープで。
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