好きと告白するのは簡単で。
愛してると囁くのもとても楽。
けれど相手に受け入れられなかったら?拒否されてしまったら?
その恐怖が躊躇いを呼んで、今日も私は貴方に呼び掛けるだけで終わってしまう。
嘗て、兄に聞いたことがある。如何してそんなに簡単に言えるの、と。兄は誰にでも簡単に好きだよと言って愛を囁くから。
そう聞けば兄は少し困った顔をして、簡単に言っている訳じゃないと言った。けれど私にはとてもそうには見えなかったから、嘘、と言えば兄は更に困惑を深めた。
「本当だよ、明日香」
「兄さんは何時もそうじゃない」
切って捨てるような事を言えば、兄は言葉に詰まってぐう、と声を漏らした。それに溜息を吐く。ぐうって、何かしらぐうって。我が兄ながら分からない。
そう溜息を吐いていれば、兄が何気なく呟いた。
「本当に…そうなんだよ。…本当の気持ちは簡単に言える訳じゃない」
その呟きは風に紛れても可笑しくないような、小さい言葉だったけれど、何故かはっきりと鮮明に耳に焼きついた。
その言葉の真意を尋ねる事は、出来なかったけれど。
今なら分かる。
“本当の気持ちは簡単に言える訳じゃない”と漏らした兄のあの寂しそうな横顔の真意を。
そう、冗談のようになら言えるのだ。
ふざけて、いかにも本気じゃないように愛を囁く事はきっと出来るのだ。
けれどそれが本気だったら?本気で相手に告げようとしたならば?
きっと躊躇ってしまう。
きっと二の足を踏んで、告げられないまま終わってしまう。
踏み出す勇気が大事だと、知っているけれど、でも人は傷付きたくないし傷付くことを恐れるものだから。
いえ、本当はそうじゃない。私は傷付くことを恐れてはいない。
只貴方から拒否されたら如何しようと、その恐怖だけが私に躊躇いを生むの。
「明日香って本当いい奴だよな!」
にこにこと無邪気な笑みを向けられて此方も自然と笑みが零れる。彼に笑みを向けられて嬉しくない輩がいるだろうか。否、と脳内で答えを出す。現に同席している自称アイドルの兄ですら、複雑そうな視線を此方に寄越しているのだから。その謎めいた感情の中に宿る一つには嫉妬が存在している。他の誰を誤魔化せても、妹として長年付き合って来た私には通用しない。
「そう?」
「そうだって!」
少し首を傾げてみせてみれば、ほんとほんとと言うようにこくこく頷く十代。同い年の男子に言う事ではないが、本当に可愛らしい。周りが夢中になるのも分かるわ、と思う程に。その周りに私と我が兄も含まれているのだが、それはさておき。
「有難う、十代」
彼と話している時、ふと脳裏を過ぎる事がある。
好きだと言ってみようか。ふざけた感じでならば、きっと言える。
愛してると言ってみようか。正に冗談、という感じでならば、きっと言える。
けれどそれらは無駄に過ぎない。何故ならば、冗談だからだ。想いが伝わらなければ意味が無い。冗談を伝えても冗談として受け止められるだけで、何の意味も無いだろう。私が伝えたいのはそんな事ではないからだ。
きっとその気になれば幾らでも愛を囁ける。飾り立てられた、無駄な言葉を。
けれどそれを伝えて何になるの?この想いは伝わらないというのに。
“本当の気持ちは簡単に言える訳じゃない”
兄の言葉が過ぎる。
(――嗚呼、全くその通りね。兄さん)
「?如何したんだ、明日香?」
きょとんと此方を見る瞳に気付いて、苦笑を浮かべていいえ、と頭を緩く振った。
けれど伝える事を諦めた訳ではない。